22日は福岡で、幼稚園の先生や経営者の方々にお話を聞いていただけました。
僕は幼稚園や保育園は大好きです。
初恋の人は、幼稚園の先生だったと思います。
幼稚園時代の記憶は、驚くほど残っています。
でも、小学校低学年の時と、中学校の時の記憶は、驚くほどありません。
なぜなら、学校が嫌だったからです。先生が嫌だったからです。
好きな先生がいるときの記憶は、色鮮やかで鮮明です。
でも、記憶は消せないから、きっと、記憶がない、のではなく、
思い出したくないから封印しているのだろうと思います。
僕の話を聞いてくれる人の中にも、
「理想論だ、くだらない」
「きれい事を言うな」
「自己啓発セミナーかよ」
「とはいうけどさあ」
と言ってくれる人が多いです。
理想論がくだらないのはなぜでしょうか?
僕の知っている限り、人として尊敬できる方々は、たいてい、理想や夢は大切だよ、と
言っています。
何もしてない人の多くが、理想はくだらない、といいます。
それは、何もしていないことを正当化するためなんだろうな、と思います。
誰かのやっていることを、ちゅうとはんぱだ、といってバカにする人もいますが、
そういう人は、たいてい、何もしていません。
あ、何もしてない、というのは間違いですね。呼吸しているし、食べてるし、排泄しています。
「よりよくしよう」としていない、と表現すべきかもしれません。
よりよくなんてならないんだよ。だから、くだらないこと言ってないで、まじめにやれ。
まじめってなんですか?
あらがわないことですか? 自分の心を殺して従うことですか?
我慢は努力とは違います。
きれい事だ、というひとは、たいてい、きれいに生きる努力をしません。
自分がしてしまう悪事を正当化するために、良いと思えることをきれい事、と言うのです。
食ってくためにはしょうがない。
しょうがないから、悪いことも、嫌なこともしてしまうんだ。
以前、あるホームセンターが閉店するとき、大安売りをした結果、
お店に人が殺到してしまいました。
レジも大混雑で、秩序が無くなったそうです。
そこで「いつまでまたせるんだ!」と腹を立てた人たちが、
「待たせる店が悪いんだ!しょうがないんだ!」といって、レジを通らずに店を出てしまったそうです。
それって、万引きどころの話じゃないですね。
そしてそれを、飲み屋などで自慢するのです。
「店が悪い!おれは正しい!」と。
自己啓発セミナーは、こないだある芸能人の人が、テレビでいろいろだまされたと言っていましたが、ややもすると、危ないようにとられることが多いです。
なんだか、どなったりさけんだり、集団洗脳的だったりするものも多いようですから、
僕自身、近寄りたいとは思わないです。
ただ、本来は、啓蒙啓発は大切だと思います。
本を読み慣れていない人が、人に読んで聞かせてもらってるうちに本が好きになる、というのは
おかしくない啓蒙啓発だと思います。
啓蒙啓発は勉強です。
ただ、勉強にも二種類ありますね。
自ら知りたくて学ぶものと、強制的に暗記させられるものです。
危ないイメージの啓蒙啓発は、暗記型なのかもしれません。
暗記の価値を盲信させられ、暗記の結果の明るい(はず)の未来を言われるがままに信じさせられ、自分の人生の時間やお金をそこにつぎ込まさせられる。
これは、かなり危険な感じですね。
でも、本当の学びとは、そんなもんじゃないです。
とはいうけどさあ。は、もう聞き飽きましたね。
なんとなく、自分のことが嫌いな人たちが、
嫌いな自分をしょうがないよ、と正当化するために、
他者の努力を否定し、けなし、意味なくね?わけわかんね?くだらねえ。
と言い切るのかな、と思います。
で、そういう人に出会ってしまうと、
「なんで俺はこんな苦労をしながらしゃべってんのかなあ・・・」とつらくなることがあります。
そんな心を支えてくれる人がいるから、なんとか動けているような気がします。
福岡の幼稚園の先生方は、すてきな人たちでした。
若くてきれいな女の先生が多いから、緊張します。
でも、そういう先生達が、子ども達のことを一生懸命に考え、そして、がんばって、
そして、しんどい思いをして、でもがんばっています。
そういう人と出会えると、僕もがんばろう、と思えます。
翌日は、福岡の小学校で保護者向けの講演と、ロケットの教室です。
休みの日ではありましたが、PTA連合会の方々が、がんばって準備してくださりました。
そこでも、がんばってる人に出会えました。
しんどいことや、つらいことに、向き合う人たちです。
午後からのロケット教室でも、すてきな子達にあえました。
沢山の子が、残ってくれて、片付けてくれて、話しかけてくれて、考えてくれて・・・。
悩みのない人はいないと思います。
でも、その悩みを、「誰かのせい」「何かのせい」「自分のせい」にしたらいけません。
なんでだろう、と考えたらいいです。
愚痴を言ったり、誰かを見下したり、バカにしたりしてる場合じゃありません。
悩みと向き合う人が、僕の話にうなずいてくれるのかもしれません。
翌日は朝一番で福岡から名古屋に飛びました。
さすがに連日なので、だんだん疲れてきました。
名古屋のイベントは、ちょっとした行き違いや問題もあり、
本当はあんまり気乗りしなかったものでした。
でも、年賀状に「楽しいにしている」と書いてくれた子どもがいたので・・・。
とにかく、天候に恵まれました。
晴天。ほぼ無風。
ロケットの制作や打ち上げをしっかり支えてくれたメンバーの方々のおかげで、
無事に終えることができました。
最近、こういう企画に参加する子は、ほとんどが幼稚園から小学校低学年です。
中学生で参加してくれる子は、貴重な存在です。
小学生も中学生も、忙しすぎます。
でも、一生懸命とは、一個しかしちゃだめ、という意味じゃないんだけどなあ。
一個しかしていないと、それができなくなったり、それの意味が失われたときに、
費やしてきた時間の重さで心が壊れます。
もっと良くないのは、ほかのことをしてみたいのに、それが許されない状況を
正当化するために、自分がしている努力以外のものはすべてくだらない!と、
周りを見下してしまう存在にさえなってしまう危険性があることです。
今回、幼稚園の子達もがんばって話を聞いてくれました。
小学生向けのお話も、やっぱり50分くらいはかかります。
普段は、幼稚園向けのお話は、15分から20分くらいです。
でも、今回、小さい子達も、50分の話をきちんと聞いてくれました。
というか、たいてい大丈夫です。
保護者と離れて子ども達だけで座っていたこと。そして、年齢差のある子達が、
いっしょに座っていたことが重要だと思います。
同じ年齢の子が密集していると、ざわざわしてしまうことがあります。
周りを見回したとき、みんなが自分と同じように感じていることを知るからです。
でも、周りの人が真剣に聞いていたりすると、きっと自分もそうしなくちゃ、って
思うのかもしれません。
そして、ちゃんとロケットを作って、ちゃんと飛ばせるのです。
すくなからずの大人は、「こんな長い話、子どもにはわかるわけがないし、必要ない!」
「こんな難しいロケット、子どもに作れるわけがない!」
なんて言ってしまいます。
でも、子どもをなめちゃいけません。
自分ができないことを、他の人もできないと、おもいこんではなりません。
自分ができないことを、小さい子どもができるわけがない、とおもいこんではなりません。
自分が理解できないことを、他の人も理解できない、と思い込んではいけません。
自分の方が優位で優れているから、自分よりも劣る者には無理だ、なんて
おもわないでください。それこそ、うぬぼれるな!です。
でも、そういう大人は沢山います。
僕は、子どもと関わるとき、相手がどんなに小さくても、
あやす必要がある時意外は、絶対に幼児言葉を使わないようにしています。
なぜなら、自分は幼稚園時代の記憶を沢山持っているからです。
子どもも人間です。劣位の存在ではありません。
大人だって、子どもよりもできない人は沢山います。
図体のでかさや、重ねてきた年齢だけで、優位である、と思い込む人たちは、
決して追い越されない要素だけで、勝負したがる人たちです。
過去の経験を自慢する人は、現在努力していない人です。
そういう人は、人の可能性をバカにします。
そして、人の絶対値だけを評価しバカにします。
知らないこと、やったことがないことを、バカにします。
だから、知らないことが恥ずかしくなり、やったことがないことが恥ずかしくなります。
だから、知らないことを、「知る必要がないくだらないことだから知らないだけ。」
やったことがないことを「やる必要がないくだらないことだからやらないだけ。」
と、見下して否定するようになります。
ぐだぐだ評論したり、見下したりしてる暇があったら、「やれ!」ばいいのに。
やらないことを言い訳するために、人の可能性をバカにするな!
今日は、銀行の方々に話を聞いていただくことになっています。
お金はくだらないよ、って言いにくいですね。
ただ、本当の銀行は、お金の本当の意味を知っています。
だから、良い銀行は、可能性を信じます。そして、お金以外の投資もしてくれます。
お金は使って価値を増やすことに意味があります。
明日は愛媛。
それから仙台。
2月もかなり目白押しです。
がんばります。
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