こないだ、こんな意見をもらいました。
仕事は収入のためにするものです。
自分の好きなことを仕事にするとか、人の役に立ちたいとか、きれいごとです。
夢を持って成功した人はいいですが、失敗したらどうするんでしょうか?
夢に向かって努力して、失敗して、何もかも失ったら、どうするのでしょうか?
現実を考えれば、夢をかなえるのは不可能なはずです。
理想ばかりを追ってはいられません。
(1)仕事とは、嫌なことを我慢して収入のためにすることです。それが人生ってモンです。
ということを教えると、どうなるかわかりますか?
普通、嫌な事ってなんですか?
僕は、うそをついたり、だましたり、奪ったり、暴力をふるったりが嫌です。
たいていの人が、「そうそう」と思うでしょう。
だから、仕事とは嫌なことを我慢するものだ、と教えると、
だましたり奪ったりする仕事を、「まあ、生きていくためだしょうがない」と、
出来るようになってしまいます。
嫌なことは、改善すべきです。我慢すべきではないです。
もちろん、改善には時間がかかります。でも、工夫すればできます。
(2)きれいごと
きれいごとってのは、きれいなことを言って。やらない場合です。
やった場合は、「きれい」になります。
努力しても、成果がなかなかでない場合があります。
それは、口先だけ、ではありません。やってるからです。
外部から見て、何をやっているかはわかりません。どの段階にあるのかもわかりません。
だから、やりもしない人が、やってる誰かのことを「きれいごと」と言ってはならないです。
そして、やりもしない人が、理想を追求する行為を「きれいごと」と評論することもあってはなりません。
口で言うだけで、何もしない人こそが、自身の行為を「きれいごと」だといって、悔やむべきです。
(3)失敗を恐れる
失敗したら、リカバリーすればいいんじゃないの?
というか、リカバリーのきかないような無謀な挑戦はすべきではありません。
かならず、最悪事態を想定し、さいころの目で何が出たって平気なだけの、
次の手を張り巡らしてから、挑戦すべきです。
目をつむって、耳をふさいで、絶叫しながら走るような行為を、挑戦とは言いません。
姿勢をかがめ、注意をはらい、抜き足差し足で進むことが、きっと挑戦の本当の姿です。
何も得ていないくせに、失うことを恐れる人が沢山います。
失ったことがないくせに、失うことを恐れる人が沢山います。
それは、「そう教えられている」だけです。
(4)現実を考える
現実ってなんですか?
いまの日常ですか?
それは、うれしい状態ですか?
嫌な状態だとしたら、改善したらいいんじゃないですか?
今のままだと、もっとだめになる可能性があっても、今のままのほうがいいんですか?
未来を見通してください。
このままいくと、どうなるのかを。
有名なたとえ話で
「木こりが切れないのこぎりで、ものすごい時間をかけて木を切っている。それを見た人が、のこぎりの歯を研げばもっと切れるようになって仕事がすぐ終わるよ、とアドバイスしますが、その木こりは、忙しいから歯を研ぐ暇なんかねえ!という。」
というのがあります。
ほんの少しの未来への投資は、してはならない事なのでしょうか?
(5)理想を追えない
理想ってなんだろう・・・。
そんなにだめなものなんだろうか・・・。
生まれたときから、冒頭の意見を持つ人はいないはずです。
そして、挑戦した人は、こんな意見を持たないです。
このような意見を持つ人は、
「挑戦しようとしたら、やめさせられた人」です。
もしくは、
「挑戦して失敗したら、やめさせられた人」です。
キーパーソンは、やめさせる人です。
だれだ。
きっと、やめさせる人は、やめさせられた人です。
それを作ったのは、だれだ。
失敗するためにする挑戦などありません。
失敗しないように準備してからするものです。
その準備が、学校で教える勉強でしょう?
学校では、問題を解決するための学び方を教えるのです。
問題を無視したり、避けたりすることを教える場所ではないはずです。
社会の問題を解決する人材を育てる場所であって欲しいです。
社会に問題を与えてもかまわないから、自分だけ良ければいい、という人を
育てる場所にはなって欲しくないです。
何もできないことを悔やむならば、
何もしてこなかったことを悔やむならば、
これからやればいいだけです。
やる前から否定しないで、やってみればいいだけです。
そして、いくつもの事が目の前にあるとき、どれからやるべきかの選択は、
自分の人生に時間をかけるのですから、それが一番、経験と知恵と信頼と愛情につながるかで
判断してください。
ただ、それだけのことなのに・・・・。
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2009/05/15 18:36
まず思ったのは
こんなやつと仕事したくないなと思いました
金のためなら仕事の手を抜くことをいとわないんじゃないかなあ
稼ぎに対して効率的に仕事をするために思いっきり手を抜かれるんじゃないかなあ
まずそんな印象を持ちましたね
「これだめだわ」と突き返したら
「言ったようにやっただけです」ぐらいのことは平気で言いそうですよね
まず仕事の根本の理解を改めなさいよっていいたいなあ、おらは。
人の役に立つ仕事が出来なきゃ金なんてついてこないべさあ・・・・
きこりの話は初めて聴いたけど、この話はうちの会社でCADが普及し始めたときによく聞いた話です
「CAD覚えたら楽だよ」
「忙しいから覚える暇ないよ」
おいおいおいってね
ただね、こんなことを言うのがもし学生の若造だったら
化けるのを期待してもいいのかなって思います
中年くらいになって
できることが増えて
神経があつかましく、図太くなったときに
意外とちゃんと夢を語るようになるかもしれませんよ
で、その若者がいつかあつかましく、図太くなるように
我々が先にあつかましく、図太く夢を追いかけ、理想を語ることが重要なのかなという気がしますね。
2009/05/15 18:51
こうしてすこし距離を置いて聞いてみると、自分の受けた不条理に対する悲しみや怒りを糊塗するためにこういうシニカルな言動になるんだろうなあ、と感じます。
もっとも自分の悲しみや怒りを正当化して人に「押し付けて」いる訳ですから聞く側は余計に腹立たしく悲しいわけですが。
自分を保護する鎧としてこういう意見に閉じこもるわけですからなかなか話も通じないのでしょうけど、自分を守る(実際は守れて居ないわけですが)為に人から奪うようなことはどうしたら止むのかなあ・・・
こういう悲しみを生む不条理を少しでも壊していく事かなあと思っていますが。
2009/05/15 20:15
人に役立つ、感謝されるかを選択基準にもつ。
自分の心は誤魔化せないのでは?
仕事の内容に左右されることではないと思うのですが。
2009/05/16 00:06
手を抜こうと思えば抜けないこともありません。
でも、手は抜きません。
楽をしようとしてする仕事は、何も残らないからです。
困難を感じながらも、全力で挑んだ仕事は、いろいろなものを残します。
成功したときの達成感は、格別ですが、たとえうまくいかなくても残るものはたくさんあります。
何より、「ありがとう」という言葉をもらえたら、いくらでも頑張れます。
自分のために働くのなら、きっと同じだけのエネルギーは出せないと思います。
同じ思いで働いている仲間はたくさんいると信じています。
2009/05/16 10:15
勉強を始めとする地道な努力の必要性を,現実感に乏しい夢を凌駕する程度の説得力で説明することすらできない,というあたりが,問題の本質かなあ,と思います.
2009/05/17 11:31
理想とか、目標とか、目的とか、いろんな言葉があります。
勉強は、やりたいことを実現するための手段です。そして、努力とは、あこがれた結果するものです。だれかにやらされるものではありません。
僕は、この、あこがれ、の存在がとても重要な気がします。
自分が望む生き方は、あこがれに影響を与えると思います。
「何も考えないでいい世界、何もしないでいい世界」を望む人もいますが、
その世界では、「よりよく」が成立しなくなります。
この、「何も考えないでいい世界、何もしないでいい世界」を究極の夢としてしまう
ことが、この食い違いのスタート地点のような気がします。
その世界に近づくための努力も、その世界を維持するための努力も示さず、
その理想郷にあたかも自分がすでに片足を踏み込んでいるかのような錯覚を
与える人たち(錯覚したくてしょうがない人たち。現実から逃避したい人たち。)が、「軽率な夢を追うための無駄な努力」を否定するのだと思います。
僕は知っています。
あきらめたりやめたりして今の生き方を掴んでしまった人が、過去を悔やみ、そして、自分の過去を正当化するために、現状を正当化し、それを最良として、他人に伝えるということを。そういう人は、その生き方を伝えるときに、「社会ってのはこういうもんだ。」「社会はそんなにあまくない。」という、自分のあきらめを正当化する理由を付け足してくれるということも。
らくちん、じゃないほうがおもしろいよ、ということを伝えたくて、宇宙開発をしているつもりなんですが、なかなかうまくいかないです。
僕らの努力は、「あいつら無駄なことしてるなあ」と思われているのかも。
あ、考えてみたら、よくこうやって言われてました。
むずかしいです。
2009/05/18 05:25
これって私も言われているのだろうと思います
言う人たちは、お金で夢を買っている人たちです。これは間違いないです。
要は前いたグライダークラブなんですがね・・・・
逆に夢を自分でどうにかした人たちは絶対にそんなこと言いません
週末、滑空場の用地を探しにうろうろしていたのです
そこで別の知り合いのレストランのマスターが経営している養豚農場に遊びにいったんですよ
「こんちわあ」
「山菜とりかい?」
「いや、滑空場にする土地探しているんだ」
「へえおもしろいねえ、ここにグライダーがきたらいいねえ。知っている場所あるからみて見るかい?」
その人も独力で農場を切り開いて苦労して自分のレストランに出す豚を生産している人。このごろようやく軌道に乗り始めています。
そういった人は、くだらないことは言わないね本当に。
2009/05/18 09:49
大分県大分市の粟津薫と申します。
記事も拝見させていただいて、あの時の先生の生き方に共感した時のことを思い出しました。子供には何でも挑戦させて、体験させたいと思っています。
私は、昨年、大分県の文理大学でロケット作りに子供と参加させていただいたものです。
今年から地区の小学校のPTA役員をすることになり、何か学校が湧き上がり、子供たちが夢を抱けるようなことが有れば・・・と思い、植松先生のDVDを校長先生に見せ、『こんなことを学校で出来ますか?」と聞いてみたら、即『やりましょうよ!』という返事が返ってきました。
それで、コチラも詳しいことは決まっていませんが、親子で、特に普段忙しい父親にも参加して欲しくて、思い立ちました。
でも、どうしたら良いのか?何も解からないので、先生のブログを見つけ、直接お聞きしようと思いました。
詳しいことが知りたいのですが、どこに問い合わせたら良いものやら、解かりません。
この小学校の生徒たちは、全校生徒200人ほどの小さな学校なのですが、素朴でとっても雰囲気の良い学校で、息子も今年6年生で、最後の学年です。
講演会を聴き、一緒にロケットを飛ばし、あんな時間が今でも忘れられなかったのです。
・今でも先生が、ロケットを飛ばしたりしているのだろうか?
・費用はどれくらいなのだろうか?
など、直接お聞きして失礼とは思いましたが、子供たちに、思い出に残る学校生活を夏休みに残せれば嬉しく思っています。
もし、まだあのようなことをされているとしたら、ぜひとも教えてください。
このようなことをして、ご無礼とは思いましたが、宜しくお願いします。
2009/05/21 17:39
このように整理して言われるとよーくわかります。
世の中でごく普通に言われているこういう言葉が
本当に怖いということがよくわかります。
今年はあと二回植松 努様に会えそうです。
2009/05/22 19:15
さて、相変わらず、理路整然と説明されるところは、さすが~。そうなんですよね。こんなことを私に言われたとすると頭の中では、それは違うと思うのですが、相手が納得できるような言葉で説明できないので、自分が悔しくなります。そして、そのうちに相手の理論に呑み込まれ、私は違うけどそういう考えもあるかもしれないと思いはじめ、そういう考えでいくと暗い気持ちになり、心が弾まなくまくなります。多分、子供たちもそうなるのです。子供たちというのは、いのちがキラキラ輝いて、見ているだけで幸せな気分になりますよね、こんな子供たちがだんだん少なくなっているのは、こんな経験をさせているからでしょうか?自分の反省も含めてこのように言えるようにいろんな意味で、心がけたいと思います。いつも勇気をいただいています。ありがとうございます。
2009/05/24 09:16