×××××××
それから数十分後、S市郊外のファミレスに昂と令の姿があった。既に食事は終盤らしくテーブルには令が注文したパフェと昂のコーヒーが並んでいた。
「ねぇ、昂の考えるデートってこういうこと…?」
パフェを頬張りながら令が尋ねた。不満を口にしてはいたが表情は楽しそうだ。
「ん…?」
「まさかこれで終わりってわけじゃないよね…?」
昂の顔を覗き込む令。
「うーん…」
少し考え込んだ昂。コーヒーを一口すすると意を決したように言った。
「なぁ、令…」
「うん?」
「すまないが今日はもう帰ってくれないか?」
驚いて荒れた口調になる令。
「何でよ!私といても面白くないってこと?」
「いや、そうじゃないんだ…そうじゃないけど…」
「何…?」
「今日は一人にしておいてほしいんだ…」
令、黙ってしまう。
「…」
「…何ていうのかな…俺は自分で正しいことをしているつもりなんだ。けど、それは一課の中では評価されない。むしろ余計なことをしやがる、って敬遠されてしまう…」
「昂…」
「捜査をしている時は無我夢中さ。やりがいもあるしとことん刑事ってものにのめり込んでいる。けど、ふと冷静になって考えると自分の居場所が分からなくなる時があるんだ。」
「…」
「こんな状態で君と話していても君に迷惑をかけてしまうだけだから…」
スプーンでパフェを突きながら令が言う。
「わかった、今日は帰るわ…けどね、昂…」
「ん…?」
「迷惑だなんて思わないで。昂はどこかで人に対して壁を作っちゃうようなところがあるみたいだけど…苦しかったら私じゃなくてもいい、誰かに苦しみを訴えた方がいいよ…じゃないと、壊れちゃうよ…」
「…ありがとう」
何かに堪えるためのように昂はコーヒーを一気に飲み干した。
×××××××
帰りの車内にて。S市内の繁華街が両脇に広がっている。
「そういえば初めて会ったのこの辺りだったね。」
令が話しかける。
「あぁ…」
「ウリやってた私を補導しないで見逃してくれた…あの時昂と出会ってなかったら今こうして普通に高校生なんてやってられない。」
「俺と会ったのはきっかけに過ぎない、全ては令の立ち直りたいって気持ちがそうさせたんだよ。」
時折カーラジオから流れる音楽と昂の声が不思議に相まって令の耳を撫ぜる。
「ねぇ、昂ってさ、刑事らしくないよね。」
「何だ突然?そんなことはないだろう?」
「でもね、人の痛みが分かる刑事に会ったのって初めてだったの…」
令、昂の腕に顔をうずめる。
昂は照れくさいような所在無げな表情を浮かべた。
それから数分後、車は令の家がある住宅街へ着いた。
「ありがとう、ここでいいわ。」
車を停める昂。
「こっちこそありがとう。」
「昂…」
「ん…?」
「怒らないで聞いてね。昂、私にはあまり昔の話しないけど、何か秘密があるでしょ?何て言っていいか分からないけど、家族のことで暗い過去がある、みたいな…」
「………」
「私、昂の心の中を覗きたい。昂の傷を癒してあげたい…でも、昂が嫌って言うんならしょうがないけどね…」
「………」
「じゃあ、また今度!おやすみ!」
無言のまま令を見送った昂は
(俺は何て馬鹿なんだ!)
と思わずにはいられないでいた。
×××××××
昂が令と別れた頃、S市内の繁華街。そこから少し外れたところの雑居ビルの地下にいかにも危険そうな雰囲気で素人は入れそうにないクラブがあった。
「●□◎▲凸▽■凹○~~~♪」
マリファナの臭いが充満したクラブ内では。壁に埋め込まれたスピーカーからとんでもない轟音でレイヴ・ミュージックが鳴り響いていた。
「フヘヘヘヘヘ…!」
「アヒャヒャヒャ…!」
ダンススペースはトリップした状態でまるで狐憑きのように一心不乱に踊り狂う若者たちだらけだった。
このクラブはダンススペースを三方から囲う形で5人掛けくらいの丸テーブルが並んでいたのだが、
「キャハハハハハハ!」
「ハァ、ハァ…」
「ンッ、ンッ…」
そこでは書くのもはばかられるような痴態、狂態を演じている連中もいた。
クラブ全体を見渡せる一番奥のテーブルにはいかにも野卑そのものといったチンピラ風袋の5人が陣取っていた。テーブルの上には酒、ツマミ、マリファナ等が行儀悪く散乱していた。
真ん中に座っていた唯一ダブルスーツ姿のリーダー格と思しき男は何もせずにただ一点を凝視している。リーダー格の様子など目に入らないのだろう、他の4人は獣のような態度でマリファナを吸い散らかしながら、酒を飲み狂い意味不明の会話を続けていた。
「ら・り・る・れ・ろぉって漢字で書けるぅ?」
「うるせぇよ、中卒!ローマ字でなら書けるぞ!」
「ゲハッ、何こんなとこで勉強の話してんの?だっせぇ!」
「そうだそうだ!ボクたちはそんな役に立たない学問なんかよりぃ、女体の神秘についてより深く探索しなけりゃいけないんだよぉん!!」
「バーカ、ヒャハハハハハハハ!」
「ところで光也(みつや)さぁん…」
1人が光也と呼ばれたリーダー格風の男に話しかけた
「光也さん、こないだのT女のネェちゃんはヨカったっすねぇ!早いうちにまたヤリましょうよ!」
「………」
光也は相変わらずどこかを凝視したままだった。
「おい、サブ!てめぇ、邪魔すんじゃねえよ!光也さんは今考え事してんだからよ!」
サブと呼ばれた男の表情が変わった。
「ケッ、点数稼ぎかよ!」
「そういうの腰巾着ってんだぜ!バカにはわかんねえだろうけどな!」
「ケンよぉ、言って良いことと悪いことがあるぞこの野郎!」
サブはそう言うと立ち上がりケンという男の胸倉を掴みにかかった。
掴み返すケン。
「おぉ?やるのかてめえ!」
すると光也が座ったままで両手をかざし始めた。
「ジュウゥゥゥ…」
手からは黒い煙のようなものが出ている。サブとケンの顔がそれに覆われると二人は途端におとなしくなった。
「きゅう…」
「まったく下衆どもが!少しは考えて行動しろ!お前らの頭の中はヤる事と喧嘩だけか!」
「…」
光也の恫喝に従順になる2人。残る2人もマリファナを止めてしょげかえっていた。恫喝しながらも光也は相変わらずどこかを凝視している。
「不愉快だな…」
「すいません!機嫌悪くしちまいましたか?」
土下座せん勢いでサブが媚びる。
「お前らのことじゃない…不愉快な感覚がするのだ…」
「……」
光也の言うことが理解できずに黙り込む4人。
(動いている!こうしてはいられんな…)
「スクッ!」
「!!」
突然立ち上がる光也に驚く4人。
「まだまだやってやるぞ!始まったばかりじゃねぇかっ!」
4人に向けてなのか他の誰かに向けてなのか光也は語り出した。
「ほとぼりが冷めた1週間後にでも“例のイベント”を行なうぞ!いいかお前ら、手頃な女を品定めしておけよ!」
「……」
光也のあまりの剣幕に4人は声も出せずに頷くのみだった。
「ハッハッハッハッハッーーーーーッ!」
高笑いをする光也の口から牙が漏れ、異様な光を放っていた。
×××××××
次の日、昂は暴行事件があったと思われる廃倉庫へ赴いて一日を現場検証に費やした。
事件は女子高生、川東チヒロの自殺のみということで片付けられ捜査本部も即日解散、現場には立ち入り禁止のロープこそ張られていたものの全く検証されていないのと一緒の有様であった。
「ホンット、手抜きしやがるなぁ…」
独り言をブツブツ呟きながら昂は丹念に現場を捜索した。とはいっても鑑識がいるわけではないし、謹慎中なので指紋採集の道具ひとつあるわけでない。昂がこだわっていたのはこの倉庫の使用感、つまり暴走を続ける若者集団のアジトとしての機能を果たしていたかということであった。
「ふむ…」
たった一人の捜索活動の中で昂は遺留品こそ見つけることはできなかったが、机や床に付いた埃の残り具合やゴミとして落ちていたコンビニ弁当の容器の真新しさ、そして倉庫内の雰囲気などからここが集団のアジトとして日常的に使われていたという確信を持った。
(アジトはここだけとは限らねぇか…それに、もうここはバレちまってるし…)
昂は考えながら何度も倉庫内を往復した。
(けど、奴らはまた動き出すはずだ、一旦陵辱の味を覚えたケダモノたちは衝動を抑えられないだろう…)
ピタリと立ち止まる昂。
「そうなる前に叩き潰してやる!」
だだっ広い倉庫内に昂の決意の声がこだました。
その日の深夜。
「ン…ムゥゥゥーッ…」
ベッドでうなされている昂。
夢の中。昂はまた鬼に襲われる夢を見ていた。
どこだか判断がつかない霧だらけの荒野に昂と鬼がいた。
「ヒィ、ハァ…」
「バサッ!」
昂は必死に逃げていたが疲れ果てて地面に倒れてしまった。
「グアガァァァァァァーーーッ!」
倒れた昂の下へ鬼が大口を開けたまま覆い被さろうとする。8本の巨大な牙が不気味に輝く。
昂、必死に身をかわす。しかし鬼の牙が昂の左肩をかすめる。鬼は昂が背にしていた地面にに顔ごと突っ込んだ。
「ドゴドゴドゴォォォォォッ!」
「グウゥゥゥゥゥゥゥゥ…!」
たちまち砂煙が巻き起こった。
「ウゥッ……!」
痛みに堪らず肩を押さえる昂。
「ドシッ、ドシィッ!」
「グガァァァァァァァァ!」
起き上がれないでいる鬼。
「しめた!」
地面から顔を抜こうともがく鬼を尻目に昂はまた走り出した。
「グウウウゥゥゥーーッ!」
「ズンッ!」
体勢を立て直した鬼が追いかける。身長と体力の差はいかんともし難い。すぐに追いつかれてしまった。
「チッ!」
鬼が走りながら昂の背中を引っ掻く。
「ブゥゥンッ!」
「ジビリジビリィッ…!」
「アァァァァッ、ってぇぇぇぇぇ!!」
昂の背中がスーツごと裂け、血が噴水のように溢れ出した。見様によっては花吹雪にも見えるほどの鮮血であった。
「フッ…!!」
ハッと飛び起きた昂。
「また夢かよ…」
この間とは違い、ちゃんとベッドで寝てたにも関わらず今度は状況把握が正確だった。
ベッドの電灯を点ける昂、時計を見やると時間は深夜の2時近くを指していた。
ゆっくりと起きて昂は冷蔵庫へと向かい、やや乱暴に扉を開けた。が、お目当てのアルコール類はなかった。
「しゃあねぇなぁ…」
昂はタンスからシャツとGパンを取り出し、コンビニに買い物へ行く準備を始めた。
昂は決してアルコールを積極的に欲するタイプではないし、ましてや仕事以外で深夜徘徊をするような人間ではない。
が、この時はまるで運命に引きずられて行くが如くいつもとは真逆の行動を取っていた。
黒いイラスト付きTシャツに程よく色が落ちたブルージーンズ、スニーカーというラフないでたちで昂は歩いて5、6分の所にあるコンビニへと向かっていた。
6月特有の湿気を多く含んだ風が露出している顔を、腕を撫ぜる。それはどことなく不快な感じで昂の神経に伝わっていた。
コンビニへ近づくと今度は昂の耳に怒声が飛び込んできた。
「…?」
聞き耳を立てる昂。しかし、怒声はやがて自然と聞こえてくるようになった。
「すいませんでしたぁっ!お願いです、許してくださいぃっ!!」
若い男の声だ。
「アタシをナメといてタダで済むと思ってるの!」
今度は若い女の声だ。酒焼けしたようなハスキーな声だ。
「コイツを侮辱したってことは俺を侮辱したのと同じなんだよぉっ!」
ドスの効いた男の声が響いた。
「むぅ…」
困った事が起きているな、という表情で昂はコンビニへ歩を進める。一瞬帰ろうか、とも考えたが休職中とはいえ刑事である。一歩間違えれば大事件に繋がりそうな事態を見過ごすことはできなかった。
買い物を二の次にすることにして小走りで現場へ向かう昂、刑事としての責任感なのか、はたまた人間としての倫理観なのか、いずれかの衝動が昂を突き動かした。
現場が見えた。コンビニの駐車場前だった。
「すいませんでしたぁ!」
ヤンキー風の若い男が懸命に土下座をしている。
「ゴメンじゃ済まないんだよ!」
いかにもヤクザの情婦といった感じのケバイ女がハイヒールのでヤンキーの背中をグリグリ踏みつけた。
「ゴリッ、ゴリッ!」
「ア、アァァァァッッ!」
ヒールで踏まれると痛い。ヤンキーは痛切な叫びを上げた。
「どうれ、いつまでもこんなことしてても意味ねぇや。オイッ、事務所で話つけるぞ!」
女の後ろで不動だったヤクザと思しき中年男が二人を促した。
「ふぅ…」
昂はため息をついた。おぼろげではあるが会話の内容で事態を把握した。どうやらヤンキー男が女にちょっかいを出したが、後からヤクザが出てきたので平謝りに転じた、という図式らしい。ヤンキー男の自業自得であることは明白のようだったが、だからといってヤクザの流儀で落とし前をつけさせたら男がどうなるかはわかったものではない。
(やっぱシカトできねぇか…)
一瞬目を閉じる昂。次の瞬間にはカッと目を見開いて確かな足取りで現場へ向かった。
「なぁ、その辺で勘弁してあげたらどうだ?」
昂は歩きながら声をかけた。女が振り向き応える。
「はぁ?何よアンタ?いきなり何言ってんのぉ?」
女は極度に興奮しているようだった。
(コイツ、もしや…)
昂はあることを思ったがまだ言わずにおいた。
「何だってのよ、アンタぁ!」
女は矛先を完全に昂に向けていた。
「彼だって土下座しているじゃないか。君が面白くない気持ちはわかるけど許してあげなよ。」
落ち着いて常識的な説得をする昂であったが、余計女の癇に障ったようだった。
「うぜぇ!何アンタ!」
今にも殴りかからんばかりの勢いで女は昂に向かってきた。
「ガシッ!」
「キャア!」
女を制止したのは意外にもヤクザであった。
「な、何でよ!」
「もう止めとけ。」
「だから何でよ?」
「しょっぴかれちまうぞ。」
「……」
ヤクザの口調は穏やかだったが有無を言わせぬ迫力があった。
「アンタ、デカだな。前にウチの事務所に捜索に来たろ。」
「あぁ…」
昂は以前捜査四課の応援で麻薬捜査をしたことを思い出した。
「刑事…」
女は何故か身を固くした。
「俺っちは今デカさんと揉めるわけにはいかないんでね。そのクズはひとまずアンタに預けるよ。で、今度何かやらかしたら、な…?」
「そうか、ありがとう」
「…」
ヤンキーは土下座の姿勢を崩さないでいた。表情は見えない。
「アンタも女にはまともな教育をした方が良いな…今日は何もしないけど今度は身体検査させてもらうぜ…」
先般昂が思ったのはこの事だった。女はジャンキーだったのだ。
「あぁ、教訓にするよ。おい、行くぞ!」
「は、はい…」
ヤクザはすっかりおとなしくなってしまった女に声をかけると駐車していた赤いアウディに乗り込み去っていった。それを見届けた昂は今だ土下座しているヤンキーに声をかけた。
「もう大丈夫だ。あまりイキがったことをす………」
突然ヤンキーが跳ね起きた。
「シュッ!」
ヤンキーの右手には光るものがあった。
「!?」
「グシュウッ!」
昂の腹が不気味な光を放つナイフの刃を飲み込んだ。
「……」
「ぐ…がぁ…」
強い痛みというよりは猛烈な痺れが昂の刺された腹部から全身へと広がっていた。
「がっ、ぐっ…」
「ズサッ…」
何とか踏ん張って立っていようとする昂であったが、耐え切れずに両膝をついた。
「……!」
昂を指したヤンキーは小刻みに身体を震わせていた。その姿は小心者そのものであったが、人間としての道徳の枠を飛び越えて精神が高揚している獣のようにも見えた。
「お、前…どうして…?」
両膝立ちになったまま昂が問い詰める、がヤンキーは無言で昂の血で染まった両手を眺めていた。
「…」
やがてヤンキーは幽霊のように立ち上がり、昂を一瞥することもなくその場から立ち去ってしまった。
「畜生!」
激しい目眩がする中でその様を昂は見ていた。
「あぁっ!」
両膝立ちの体勢は昂の下半身を容赦なく血で塗らした。その不快感と身体中の痺れで昂は仰向けに倒れた。
「ドサァッ…!」
「がっ、ぐぅ…!」
腹部を見やる昂。まだナイフがめり込んでいる。
「ふっ、ふぅっ!」
昂はナイフの柄の部分を両手で握り締め、一気に引き抜こうと気合を入れた。
「ズチュ…」
しかし、ナイフは少し刃が浮いただけだった。
「ギィィィッ!」
もう一度昂はありったけの力で柄を上へ引いた。
「ザク、ザクッ!」
手が滑り、柄から刃まで触れてしまい昂の左手からもおびただしい出血が始まったがお構いなしだった。
「ヂュボォッ!」
ナイフが抜けた。同時に昂の腹から地下水が湧き上がるかのような出血が始まり、それは脈の動きと共に緩急がついていた。
「ウワーッ!」
「大丈夫ですか?」
「おい、誰か警察呼べよぉ!」
「馬鹿!119番が先だろ!」
ようやく騒ぎが大きくなってきたようで野次馬が集まってきた。助けが来た、という安堵感だろうかそれとも大量出血によるものなのかは定かではなかったが昂の意識は混濁していた。
「………」
気を失う昂。
何故かその直前に令のことを思った。
「シャーーーーーッ!」
コンビニへ向かう疾風、それはあの女悪魔だった。もちろん女悪魔の姿は普通の人間には見えない。
「どけよ、このウスノロ!!」
地を這うような低空飛行で飛んでいた女悪魔は通行人に向かってそう怒鳴った。もちろん触れられるわけではないから邪魔にはならないのであるが、ちょっと目を離した隙に起こった惨事に苛立ちを隠せないでいた。
「!!」
現場が見えた。まだ救急車や警察は来ていないようだったが、コンビニ客や店員をはじめとする野次馬が10人程昂の周りを取り囲んでいた。
「チッ、面倒だな!」
女悪魔は顔をしかめた。
「でも無用な殺生はするなとの命令だし…よし!」
「シャーーーーーーッ!」
飛ぶスピードが更に速くなり、あっという間に昂が倒れている真上に着いた。
「結界!」
宙に浮かんだままの女悪魔はそう叫ぶと昂の周りを四角で囲うように両手を動かした。
「ピキン!」
野次馬から隔離するように昂の周りが黒鉄色のカーテンのようなもので覆われた。
「次はお前ら!」
そう言うと女悪魔は野次馬たちを指差した。その人差し指から深緑色の光線のようなものが出た。
「ビィィィィ…!」
「ドザ、ドザァ…!」
光線を浴びた野次馬たちは声も上げずに全員その場に倒れてしまった。
「もう一個結界!」
さっきのように両手を動かすと今度は野次馬たちが囲われた。
「これで証拠隠滅と…さて」
女悪魔は懐からソフトボール大の球体を取り出した。真下には昂がいる。
「間に合えよぉっ!」
球体をポンポンと手で玩びながら女悪魔が言う。
「おりゃぁぁぁぁっ!」
力いっぱい球体を投げた女悪魔。
「ビューーーーン!」
球体は結界を透過して昂の傷口へ一直線。
「ビューーーーン!」
「ズッ、ズボォォォォッ!!」
そしてそのまま勢い良く傷口から昂の体内へと入り込んでいった。
女悪魔が投げた球体が昂の体内に入って数分。出血こそ止まったものの昂は気を失ったままでピクリとも動かなかった。
「……失敗かよぉ…?」
女悪魔は宙に浮いたまま忸怩たる思いで様子を眺めていた。どうやら昂は蘇生することなく死んでしまったようだった。
「ふぅ…またイチからやり直しってか…」
諦めて結界を解こうとした瞬間だった。
「ピクッ」
昂の手指が少し動いた。
「…!」
異変に気づいた女悪魔。結界を解くのを中断して、再び観察に戻った。
「おっ始まるかぁ…!」
「ビクッ、ビクッ…!」
動き始めた手指はまるでオコリにでも遭ったかのように小刻みに激しく震え続けていた。
「カァ、何だって手出しできねぇんだろ!まどろっこしいなぁ!」
女悪魔は”何か”を待ちきれずに舌なめずりをしながら独りわめいていた。
「バタッ、バタバタバタ…!」
手指の震えはやがて全身へと波及し、身体全体がシャクトリムシのように激しくのたうっていた。
やがて昂の身体の表面に異変が起こり始めた。
「サワサワサワサワ…」
昂の体毛が伸び始めた。光沢のない黒い毛が昂の皮膚を覆っている。
「ミシッ、ミシッ…」
昂の手の爪が一本残らず伸び始め、鋭利な状態になった。
「グッ、グググゥ…」
昂の顔にも変化が現れた。顔中が髭で覆われ、鼻と口がグッとせり出してきたのだ。
「目覚めるか!」
女悪魔が声を上げた瞬間だった。
「ビッカァァァァァ!」
昂の身体から激しく黒い閃光が放たれた。
「ウッ…」
その閃光の強烈さに思わず女悪魔も身をのけぞらせる。
女悪魔が昂の方へ視線を移すと、
「すげぇ…ついに生まれやがったぜ…!」
そこにはドーベルマンをふたまわりほど大きくしたような巨大な犬が立っていた。
スラリとした黒光りする全身は犬というよりは黒豹を思わせる雄々しさだった。その目は凶暴そのもので一片の優しさも見られない。猛獣、いや怪物としか形容できない姿形であった。
女悪魔が勢い良く叫ぶ。
「ヘルハウンド(地獄の番犬)!!」
「ガルルルルゥゥゥ…」
唸り声を上げる口から覗く牙は鬼に勝るとも劣らない猛々しさがあった。
「へぇ…もう実体化できるんだ。あの桐生とかいう野郎、いいモン持ってたじゃんか。」
女悪魔は目の前の猛獣の出来ばえにいたく満足している様子だ。
「血が欲しそうだな…あれだけやられたんだもんな…」
「ガルルルルゥゥゥ…」
「おいヘルハウンド、手始めにお前を殺そうとした奴を血祭りにしろ!お前にはこれから働いてもらわなきゃいけないんだ!」
「ウオオォォォォーーーッ!」
女悪魔の命令に忠実に反応したらしい。ヘルハウンドと呼ばれた犬は、地面に2・3度鼻をつけると昂を刺したヤンキーが逃げた方向を嗅ぎつけたらしく咆哮した。
「ダダッ…!」
すると凄まじいスピードで走り出した。当然ではあるが昂の面影などどこにも残してはいない。
「ヘヘッ、万々歳だな!」
「フゥッ!」
女悪魔は笑みを浮かべながら結界を解くと宙を飛び、ヘルハウンドの後を追った。
「ハァハァ…」
ヤンキーはまだ家に着いていないらしく通りをふらつきながら走っていた。深夜であり、店もこの辺りにはないのでさすがに人っ子一人いない。
「ダッダッダッダッ…!」
後ろから地鳴りを伴う足音が聞こえてきた。興奮状態のヤンキーでもすぐに分かるほどのものであった。
「…?」
振り返るヤンキー。
自分めがけて突進してくる巨大な犬がそこにはいた。
「へ…?」
疑問に思ったのもつかの間であった。
「ガアァァァァァァッ!!」
咆哮しながらヤンキーに向かってヘルハウンドが飛びかかってきたのだ。
「シパァァッ!」
ヘルハウンドは右前足を巧みに水平にすると、刀の要領でヤンキーの首を刈った。
「ビシュゥッ…!」
「が…?」
「ドサァッ…!」
断末魔を上げる暇もなくヤンキーの首と胴体が分離された。首は西瓜のように無造作に地面に転がり、胴体は溶岩のように血を吹き上げながら何歩か進んだ後崩れ落ちた。
「馬鹿野郎、派手にやりすぎだろう!」
一部始終を見ていた女悪魔はそう呟いたが、顔は笑っていた。
「まぁ、じゃなきゃ鬼には勝てねぇからな…」
「ウオオォォォォーーーッ!」
ヤンキーの胴体を踏みつけながらヘルハウンドは月に向かって何度も咆哮を繰り返した。
×××××××
再び昂の部屋にて。
「ハァッ、ハッ、ハァッ、ハッ…」
ヤンキーを惨殺したヘルハウンドは勝手を知ったかのように昂の部屋へ戻っていた。
「ハァッ、ハッ、ハァッ、ハッ…」
ヘルハウンドはフローリングの床に突っ伏したまま激しい息遣いを繰り返していた。苦しんでいるようにも見える。
「シュン…!」
そこに女悪魔が現れた。どうやら空間移動をしてきたらしく、ドアの鍵はかかったままだ。
「何だよ、もう元に戻っちまうのか?」
ヘルハウンドの状態を知り尽くしているかのように女悪魔は呟いた。しかし、事が思い通りに運んでいると見えて表情は実に明るく、笑みさえ浮かべていた。
「ハァッ、ハッ、ハァッ、ハッ…ヘッ!」
ヘルハウンドは前足で頭を抱えた。
「シュル、シュシュル、シュル…」
伸びていた毛がみるみるうちに毛穴に吸い込まれていく。
「ググ、ググゥッ!」
せり出していた口の辺りも元に戻っていく。
一連の動きが終わるとヘルハウンドは昂の姿に戻っていた。
「ヘヘヘッ、”使用前”かよ!」
下品に笑う女悪魔は左の人差し指を昂に向けた
「スワッ…!」
すると全裸の昂が鈍い光に包まれた。光が消えると元の黒Tシャツとブルージーンズ姿に戻っていた。
「お駄賃だよ…」
そう言うと女悪魔はまだ目を覚まさない昂を尻目に部屋を物色し始めた。冷蔵庫を開けると、
「喉が渇いた!」
と、大声を上げてコーラが入っていると思しきペットボトルを取り出しラッパ飲みした。
「ぶえぇっ、まじぃっ!!」
女悪魔はぞんざいにコーラを噴出した。
「こんな不味いもの飲むなんてやっぱり変わってやがる!」
「ん…うぅぅん…」
昂が目を覚ますようで身悶えしている。
「おっと…!」
女悪魔が慌てて昂の下へ向かい、昂を覗き込む。
「うぅぅぅむ…」
寝返りを打って仰向けになる昂。やがてパチッと目を開けた。そこには見たこともない全身黒タイツのようなものに身を包んだ女が立っていた。
「……!?」
昂は驚きの表情で女悪魔を眺める。まだ自分がどういう状況に置かれているのか判らない様子に見える。
「ようこそ桐生昂!いや、地獄の仲間ヘルハウンドよ!」
女悪魔はそんな昂に痺れを切らしたようで勝手に、一方的に喋り出した。
「俺の名は停亜(ティーア)。この世界でのパートナーだ、よろしくな!」
「ティーア…?パートナー…?」
昂の意識は混濁しているようだった。
「そん…なデリ呼んだ覚えねぇ…けど…」
否、昂は事態をおぼろげながら把握しているようだ。が、それを認めることは彼にとってあまりにも恐ろしいことであったのだ。あえて場を茶化すことが昂のバランスの取り方だった。
「ケッ、現実逃避してんのかぁ?」
停亜が苛立ちを見せる。
「腹に手ぇ当ててみろよ!」
「……」
昂は自分が刺された辺りをまさぐってみた。それだけでは足りず起き上がって目で確認すらした。傷跡などどこにもなかった。
「俺に…何をしたんだ…?」
恐れていたことが現実になっている、という恐怖感が昂を包んでいる。
「やっと話せる状態か…」
停亜はまず自分が悪魔であることを話した。そして昂に彼が刺された後にヘルハウンドを体内に潜り込ませたこととヘルハウンドがヤンキーを惨殺した一連の出来事を伝えた。
停亜の話はおよそ現実離れしていていつもの昂なら一笑に付すところであるが、傷が治っているこの状況下では信じないわけにはいかなかった。
昂は一番気にかかっている疑問を真っ先に停亜にぶつけた。
「で…その化け物はまだ俺の身体の中か…?」
「もちろん!」
「取り出せ!」
「何でだよ?」
「俺を助けてくれたことは感謝するけどなぁ、化け物と一心同体だなんて交換条件にしては重すぎるってことだよ!早く取り出せ!」
「ハハハハハッ!」
怒りを表す昂の感情を逆撫でするように停亜が高い笑いをする。
「何がおかしい!」
「ハハハッ!いやぁ、俺がお前を助けたのは結果論であって…」
「…?」
「元々お前とヘルハウンドをくっつけるつもりだったんだよ!」
「!」
昂はあまりの驚きに声も出せないでいた。
停亜はそんなことお構いなしで続ける。
「お前のことはかなり前から目ぇつけてたんだ。S港で一瞬だが俺の存在に気づいただろ?」
「……」
黙ったまま記憶を辿る昂。まだ2日前のことなのに何だか遠い昔のような気がする。
「あぁ…」
昂は一番最初の現場検証の時に感じた奇妙な気配のことを思い出していた。
「昔、死にかけたことがあるだろ?そのせいでこっちの世界に通じている部分があるんだな…だから俺を感じられたんだよ。」
「……」
今度は本当に遠い昔になってしまった数年前の記憶を辿る昂。同時に失った宝物を思い出して悲しくなり目を閉じてしまった。
「まぁ、そんなわけでヘルハウンドと一体になってもらうのにお前が適任だったっていうわけだ!」
「……」
「本当は機を見てさりげなく合体させるつもりだったんだけどよぉ、お前がまた死にそうになっちまったんで慌てて潜り込ませたってわけ。」
「……」
「あぁ、お前の質問に答えてなかったなぁ。ヘルハウンドは取り出せないぜ。普通にしのばせられれば取り出すのも可能だったけどな。けど、お前の深手を癒すのにヘルハウンドも大分力を貸してるし部分によっては互いの細胞が混じってるみたいだ。そうなったら取り出せねぇ。無理に取り出したらどっちもドボンだっ!つまりお前ら言葉本来の意味での一心同体ってことだなぁ、フハハハ!」
黙って話を聞いていたが再びカッと目を開ける昂。ある意志を持って停亜に尋ねる。
「…俺と化け物を合体させなくちゃならない理由は何だ?」
「ふむ…」
停亜は鬼の存在、鬼が日本人を滅ぼそうとしていることを話した。先般の河東チヒロの事件にも鬼が深く関わっていることも話した。
「解せないな…」
単純な疑問が昂の頭をもたげる。
「ん…?」
「何で悪魔と鬼が争うんだよ…」
昂の問いに停亜は一呼吸おいて答えた。
「それは…鬼を裏で操っているのが…”神”だからだよ!」
静寂が流れた。
「……」
堪りかねて沈黙を破る昂。
「お、お前からかってるのか?神様が人間を滅ぼすって?それはお前らの領域と違うのか?」
一転して真剣な表情を崩さない停亜。
「確かにな。けど、神が人間のやることに嫌気がさしてもう一度進化の過程をやり直そうとしたらどうだ?」
「え…?」
表情が曇る昂に構わず停亜が追い討ちをかける。
「お前ら『私たちは無益な殺しはやりません、自然と共存共栄して生きています』って胸張って言えるか?」
うつむいてしまう昂。
「それは……」
「”天国”でこういう流れが起こったんだよ。」
停亜は語り始めた。
×××××××
ここは天国、又は楽園と呼ばれる場所。白い雲がカムフラージュとなっているが、当然ながら人間が目にすることはない。
その雲の中から神の住む宮殿が現れる。荘厳な雰囲気だ。
宮殿の中は更に華やいでおりどこか現実離れした雰囲気が漂っている。
中央の広間と思しき場所には大きな肘掛け椅子に座っている神がいた。けばけばしい装飾のテーブルがあり、上には水晶玉のようなものがある。
肘掛に頬杖を付いて玉を見つめる神は白装束に白い髭面、我々が連想する神と同じスタイルといっていいだろう。
「……」
水晶玉には下界の図が浮かび上がっている。
中東らしき地区で起こっている戦争の図。戦闘機が町を空爆している。
「バゴォォォーーンッ!」
空爆に逃げ惑う人々。
「ウワァァァァァッ!」
炎が人々を包み、その中で燃え崩れる人々。
「ギャァァァァーーッ!」
神は無表情で玉を見つめたまま不動だ。
「パチンッ」
神が指を鳴らすと別の下界の図が映った。ニューヨークのダウンタウンの夜のようだ。
「カツ、カツ、カツ…」
ハンドバッグを持った白人の老婆が暗がりを歩いている。
「ダダッ!」
突如四人の若い白人男たちが老婆を背後から襲い、一人がナイフで老婆を刺す。
「ギャーーーッ!」
叫びを上げて倒れる老婆を尻目にハンドバッグを奪う若者たち。一人が中を探り、財布を見つける。
「ヘヘッ!やったぜ!」
嬉々としてその場を立ち去る四人。
「ま…」
「ガクッ!」
老婆は何事かを叫ぼうとしたが力尽きてしまう。
「……」
神はひたすら無言だ。
「パチンッ」
水晶玉の画面が切り替わり今度は飢餓に苦しむ子供たちが映った。
「………」
子供たちの下腹は栄養失調でポコリと突き出ており、顔には蝿がたかっている。
「ブーーン…」
「………」
子供たちは抵抗できずにただ虚空を見つめるのみ。
「……」
無言で目を閉じる神。眉間には深い皺が刻まれている。
「パチンッ」
また指を鳴らした。画面が変わるとそこは日本の繁華街だった。
携帯でしきりにメールをやっている女子高生がいる。
「こんばんは。」
するとその女子高生にデップリとした中年紳士が近づいていく。なにやら小声で話しこむ二人。
「仕方ないねぇ…三万でいいよ!」
「ヒヒッ!」
交渉が成立したらしく野卑な笑いを浮かべる中年男。
「行こう!」
男に促されて雑踏の中に消えていく二人。
「もうたくさんだっ!」
突然神が目をカッと見開いて叫んだ、と同時に立ち上がり水晶玉を掴んで投げる神。
「うおぉぉぉーーっ!」
壁に叩きつけられ激しく壊れる水晶玉。
「ガシャァァァーーーンッ」
「何事でございますか!」
騒ぎを聞いて数人の従者たちが駆けつけた。全員白装束である。その中でも一番年老いた感じの一人が興奮している神の左横へ駆け寄った。2,3人の従者が割れた水晶玉の片付けを始め出した。何もかもがシステマティックに動いているように見えた。
「神よ、どうなされたというのです?」
神が声をかけた老従者へ物凄い剣幕で語り出した。
「どうもこうもないぜ!何だっていうんだ、奴らはよぉ!」
従者たちは怪訝な表情になった。
「……?」
「お前らも血の巡りが悪いなぁ!人間どもだよ、人間ども!何だあいつら!」
「人間が何か?」
神は怒りに任せて老従者の顔を殴り飛ばした。
「ボゴォッ!」
「ギャァァッ!」
吹っ飛んで壁に激突し、気を失う老従者に他の者が慌てた。一人が神に講義する。
「何をなされますか!」
神は怒鳴り散らす。
「“何をなされますか?”だぁ?そのセリフそっくり人間どもにくれてやるわ!せっかく霊長として地球を育てていくよう計らったのに何だあのザマ?あれでは悪魔より始末が悪いじゃねぇかよぉ!」
「しかしながら進化の過程におりますものですから…」
怒りを鎮めるべく説得を続ける従者を遮って神が続ける。
「ああいうのは進化って言わねぇんだよっ!それより…お前、馬鹿に人間の肩を持つじゃねぇか?人間と何か裏取引でもしてんのか?」
「めっそうもございません!神よ、あなた様は忠実な下僕である私たちが信用できないとでもおっしゃるのですか?」
神の怒りは全く治まる気配を見せなかった。それどころか怒りは増幅されているようで長い白髪と白髭が逆立っている。
「俺に説教たれるんじゃねぇ!……もういい、もういい……」
急に頭を垂れて独り言をつぶやき始める神。
「もういい…冗談じゃねぇぞ…神をナメんじゃねぇぞ…造物主はてめぇらを消すことだって造作もねぇ…ハハハッ!」
「……」
その異様な様子を黙って見つめるだけの従者たち。
突然顔を上げ、目を見開いた神。その顔は憎悪に満ちている。
「決めたぞ!俺は人間を滅ぼしてやる!」
「えっ!?」
一様に驚く従者たち。
「何ということを!神よ、そのような無体なことは止めて下さいませ。自然の摂理に任せようではありませんか?」
先般の従者が再び異を唱えた。
「この者の言うとおりでございますぞ。人間を滅ぼしたら世界をまとめる者がいなくなってしまいます!」
もう一人抗議する従者が現れた。
「お前らまだそんな甘っちょろいことをぬかすか!いいか!その目でよーく下界を見てみろ!あいつらは勝手に自然を汚しやがる。あいつらは食いもしないのに勝手に他の動物を殺しやがる。あいつらは戦う必要もないのに互いに殺し合いをやりやがる。あいつらは産みたくもないのに勝手に子供を産んでは殺しやがる。」
従者の意見など全く意に介さずに神はまくし立てた。
「いくら進化の過程ってお前らが弁護してもなぁ、もう取り返しのつかないとこまで来ちまってんだよ!出来損ないを消して何が悪いんだよ!」
「……」
あまりに排他的な考えに声も出なくなった従者たち。
「地球滅ぼすわけにはいかねぇだろ?だったら邪魔でしょうがない出来損ないのクズども消しちまってもう一回やり直した方が良いとは思わねぇか、あぁん?」
「では神はどうあっても人間を滅ぼすとおっしゃるのですね?」
先般の従者が神の眼前に立ちはだかる。見下した笑みを神が浮かべる。
「くどいんだよ…滅ぼすったら滅ぼすんだよ!お前みたいにな!」
神が目を見開いた。
「ハァッ!」
神は裏拳を打つように右腕を振った。その勢いでものすごい風圧が起きる。
「ゴォーーーッ!」
たじろぐ従者。
「うわっー!」
風圧はやがて竜巻となって従者に襲いかかった。
「ビュゥーーーーンッ!」
竜巻はあっという間に従者の身体を覆った。その中で苦しそうな叫びを上げる従者。
「ギ…ア…ギャァァァーーーッ!」
その様子を恐怖の表情で見つめる他の従者たち。
「ズバッ、ズバッ……」
竜巻は刃となって従者に容赦なく襲い掛かり、切り刻まれて血塗れになっていく従者。その肉片が飛び散り、従者たちに当たる。
「べチャッ!」
「ヒィッ…!」
やがて、叫びが断末魔へと変わっていった。
「ギャァァァーーーーーーーーーッ!」
その様子をまるで悪魔のような表情で見つめる神。口元には笑みを湛えている。
「ククククク……いい声だ。」
「シュン…!」
竜巻が止むとそこに転がっていたのは原形をとどめないほどバラバラになった従者の肉片であった。惨劇を目の当たりにして恐怖のあまり震えている他の従者たち。
「ブルブル……」
それを横目に神が従者たちに命令した。
「いいか!お前らも俺に説教たれるような真似するなよ!俺はやると言ったらやるんだ!無論人間は滅ぼす。もう決めたからな!最初はあの忌々しい日本人からだ!」
「……」
「おいっ!この邪魔なゴミをさっさと片付けろ!早くしないとお前らもミンチにしちまうぞ!」
神の恐ろしい言葉に残った従者たちが片付けを始めた。
「とはいえあまり派手にやると地獄が五月蝿いからな!ジックリ、ゆっくりといくかぁ!」
神が椅子の後ろに掛けてあった杖を取り出し振り回しながら高笑いし出した。
「フハハハハハッ、やるぞーっ!」
×××××××
停亜の話はここで一旦止まった。神が最後通告をするなど昂、いや日本人ひいては人類全体にとって悪夢の出来事でしかなかった。
「……」
沈痛な表情を浮かべる昂に追い討ちをかけるかのように停亜は再び語り出した。
「まぁ、お前ら流に言えば神はキレちまったんだな。それで人間滅亡計画を実行した。その手始めが…日本人ってわけだ。」
ここで昂が疑問を口にする。
「待てよ、何で日本からなんだ?日本人より悪いことやってる奴らなんか世界中にいっぱいいるじゃないか?」
停亜、昂を指差し強い口調で言う。
「日本人は神が創った人間をモデルに地獄の大魔王様が創ったモノだからだよ!」
昂は停亜の話が理解できなかった。一介の青年刑事が冷静になって聞くような話でないことは事実であった。
「バカ言うなよ!」
こう返すのが精一杯だった。が、停亜は容赦なく事実を叩きつけてくる。
「日本語って何語から派生したものかわかるか?」
急な質問に面食らう昂だが努めて冷静に答えた。
「…アルタイ語。」
「へぇ、さすがエリート刑事。頭良いな。ところでそのアルタイ語だが、あれはもともと俺たちの言語なんだよ。」
「!?」
完全に昂を置き去りにして停亜は説明を続ける。
「この地球はな昂、プラスとマイナスの存在が均衡を保って成り立っているんだ。」
「……?」
「天国はプラスで地獄はマイナスだ。お互いがこの地球にそれぞれの存在を創り出してそれの相乗効果で地球は生きているんだよ。」
さすがに面食らってる昂に多少の気遣いをみせて分かり易く話す停亜。
「例えば造形が可愛いパンダやコアラ、こういうのはあっちが創った。一方で蛇や蜘蛛みたいに見てくれだけで忌み嫌われるモノは地獄が創ったんだよ。」
「……」
「どっちが何を創ったなんて説明をこれ以上グダグダするつもりはない。つまり日本人ってのは地獄が創ったマイナスの存在なんだよ。けど、お前らがいることで地球の均衡が保たれているんだ。」
愕然とする昂。
「……」
「で、地球に必要とはいえ神はこのマイナスの存在が気に入らない。その中でも人間はプラスの存在がマイナスに駆逐されつつある。向こうの論理で言うと進化を間違えたってことらしい。だから日本人を滅ぼし、更にはは人類も滅ぼそうとしているんだな。
けど、それはこっちには甚だ都合が悪いことなんだ。」
「ガラッ…」
停亜、部屋の窓を開け星空を見上げる。
「マイナスが減ってしまうと俺らの存在意義ってものが無くなっちまう。何よりも地球のパワーバランスが崩れてしまう。向こうもそれは熟知してるんでまどろっこしいようだがゆっくりと滅ぼしにかかってるわけだ。鬼を抱き込んで!」
「鬼…?」
停亜が怒りの表情を見せる。
「大魔王様に創られた恩を忘れやがった奴らだ!神から鼻グスリでももらったんだろうな…元々奴ら人間が好きじゃないし。とにかく神の申し出に乗って日本人滅亡計画を実行しているのは鬼だ!で、その計画をたまたま天国をスパイしていた仲間がキャッチして大魔王様に知らせた。それで大魔王様の命を受けて下界に派遣されてきたのが俺ってわけ。」
「…」
「俺の使命はヘルハウンドの宿主になって鬼と戦う人間を選び、そいつのサポートをすること。その人間は体力のある人間、こっちの世界を感じられる、いうなら霊感の強い人間、そして…」
「…?」
「いや、これ以上はやめとこう。とにかく俺はここ何日かS市内をくまなく調査した。それでその条件を全て満たしたのが昂、お前だったんだよ!」
「へぇ…」
昂の表情が心なしか怒気を含んでいることに停亜はまだ気づいていなかった。
PartⅢへつづく
*この物語はフィクションです。
Copyright (C) 2005 by drivemycar All Rights Reserved.