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住宅の立替が目立ち、団地が明るくなったような感じがする。代替わり・転出・転入など色々な事情があるのでしょうが、10年一昔、団地が出来て20数年、二昔前とは様変わりして、おかしくない。 しかし、団地を取り囲む自然は今も昔も変わらないように見えます。 ただ見るものの目が変わった、自然環境や
安全に対する評価が大きく変わった。 そういう目で見て取り囲む自然環境を観察し、確認することは大切ですね。




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一夜明けると白銀の世界になっている。暖かい日差しを体いっぱいに受け昼下がりの団地周りをそぞろ歩き、日頃見逃してきた自然の営みを発見して、、、。有意義な休日だった。

江守橋より見た白山、奥越方面を覆う鉛色の重い雪雲の上に白く輝く峰々

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江守の里の2008年の夏祭りの山車、笛・太鼓の鳴り物囃子の車も付き祭り気分ももりあがってきた様です、従来の壮友会の山車が町内の若者も入った町内の行事となってきた。

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伝統的風習を真似てきた祭事が寄り合いの団地で定着し、変質して行くことは、進歩している証拠のようなもので、神事から脱皮して住民の代表たちによる点火で幕を開けた。時々雪がちらつく天気ながら、沢山の住民が押し寄せ豚汁や、ぜんざいの振る舞いも追いつかない様子。

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17年ぶり!江守の里に文化祭が復活。ハローインという形でちび供の参画もあり大賑わい。




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2007(平成19)年は継体天皇の山車でGO!

出陣準備完了で町内公民館前で待機中!
今年は福井ゆかりの継体天皇即位1500年に当たり、県内各地で 継体天皇に関するイベントがあり、山車のテーマーになるのは自然な流れです。
補足すれば、従来、壮友会(壮年会)が中心で山車を出していたが、今年は町内に出来た夢プランという町内有志の集いが主体となり運営されているもので、従来の組織を包括的に盛り込みながら若いパワーが中核になった点で大いに期待できる点です。
夜の顔はちょっと違って見えますね? 確かに、正面は継体天皇で説明?できますが、側面に回ると別の像が現れて、騙し絵を見ているようで、非常に面白い。一応傑作としては? 

The・江守の里 
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公民館の拡張で山車小屋が無くなり、やむなく公園の隅に、風雪に耐え鎮座させられている。 最近は地域の納涼祭りで活躍し、住民の期待を担っていますが、所詮張りぼて、障子の破れのようにあちこちボロボロになってしまった。。年に一回の出番で、あとは小屋に入れるだけでは立派な小屋も、経費がらみで、住民の賛同が問われ、難しい問題です。

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元の汚水処理場跡地が長い間利用されず(利用できなかった)になっていたが、当局との長年にわたる折衝で借用でき1階部分を倍程度に増床できた。駐車場も十分確保でき近隣への迷惑を緩和できた。
下の写真は増床前のもので、空き地には祭り用の山車を製作したり、収納している仮設のテントで2階建ての民家に相当す高さです。雨にも負けず、風にも負けず、雪にも耐えていましたが今は解体撤去され、上の写真のようになっています。

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2006年 2月1日より、福井市 美山町 清水町 越廼村の4市町村の合併により、人口27万人の新福井市が誕生する。
県内では平成16年3月のあわら市誕生を皮切りに、再来月3月までの2年間で福井市を含め10の合併が実現。それまで35あった市町村数が気づけば17とちょうど半分になるとか。 全国でも1999年時点では3232あった市町村数が今年4月になれば、1820という数になるようです。
合併の効果としては地方行財政の効率化、少子高齢化など社会変化への対応などが挙げられていますが、中央の役人のマスタープランが先走り、「箱もの行政」と同じ運命になる恐れがある。 「平成の大合併」が歴史上、いかなる評価を受けるか?
「江守の里」は旧福井市の南西部の飛び地であったが、合併後の新福井市では中心部になり、もはや「南西部」ではなくなる。
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江守の里は福井市の市街地の南西部(社・やしろ地域)に有り、丹南方面へのバイパス路にもなっている。 また江端川が日野川に合流する地点で、ここには大きな水門があり江守の里のランドマークとなっている。
江守の里の情報はHP「The 江守の里」をご覧下さい。
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