逆にアレですか。

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人生真っ最中の精神年齢は幼くも世間的には成人と見なされるため甘えたこと言っていられず、しっかりしなければと自覚する今日この頃の青年のブログ。ただただ日常や趣味小説などを綴っております。
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【短編小説】終末のご予定はおありですか? | 短編小説 2009/12/28 18:34
http://myhome.cururu.jp/gyakuniaredaro/blog/article/71002913138

【短編小説】

 

終末のご予定はおありですか?

 

 

 

 青年は、寒さに身を震わせながら汗を流し続け、筋肉痛を喘ぎ、疲労しきっていた。

 大学が冬休みに入ってからというもの、毎日、朝から三時間、運送業の荷物の搬出という単純作業に没頭し、午後からは引っ越し業のバイトに入り、大型電機をエレベーターのないマンションの階上まで運び続けるという仕事をしている。

 水分の補給は欠かさないが、食事は喉を通らない日々が続いた。このままではいよいよ体力が枯渇し、倒れ、アルバイトを休まなくてはならない。アルバイトの帰り、青年は全国展開をしている牛丼店で、無理矢理料理と呼ぶにはあまりに質素なそれを胃へと押し込み、六畳一間のアパートに帰り着いたが、部屋に上がるなり吐き気をもよおし、先ほど口にした380円分のものすべてをトイレに戻してしまった。

 青年に親はいない。ふたりとも青年の目の前で死んだ。高等学校から帰って来た青年を、両親は椅子の上に立ちながら弱々しく微笑んで出迎えたかと思えば、台となっていた椅子を足蹴にし、そのまま宙に浮いた。まるで現実の世界から飛び立つように、あまりに見苦しく、無様な姿で宙に吊られ、「おかえりなさい」も「ごめんなさい」も何も口にすることなく、そのまま息を引き取った。結局最後に両親が青年に託した言葉は、朝に家を出る際の「行って来ます」という言葉であった。

 頼る身もなく天涯孤独となった青年は、生活費も学費もすべて自分の手で稼いできた。少しでも負担を減らしたくて、必死に勉学に励み、都心にある二ツ橋という名門の国立大学に入学した。しかし、アルバイトの傍らの学業では他の生徒から遅れをとることは免れなく、授業料免除の成績までには手が届かず、念願の大学に入ってからもなお、青年はそれまで以上に働き続けなければならなくなった。肉体が疲労した時は脳を使う仕事をし、脳が疲労した時は単純作業の仕事に没頭した。春には半期分の学費納入期限がある。その額にはまだ足りない。冬休みのうちに稼がなくては授業に今以上に差支えが出てしまう。また、それ以上に青年を焦りに駆り立てているのは、研究レポートだった。経済学部で四回生に進級するためには、悪魔の三年レポートと呼ばれる宿題を、年が明けるまでに提出しなくてはならない。

 タイムリミットはすでに10日を切っているが、青年のレポートは白紙のままだった。連日の肉体労働による疲労困憊の上、ろくに栄養も摂っていないその身体は、今にも崩れ、砂のように零れ落ちてしまうように思われた。鉛筆を握る気力もない。部屋に帰り、畳の上で大の字になると、肉体の細胞という細胞がどろどろと溶け出し、畳の目にしたたり落ちていくかのようだった。

 今日と明日を生きることと、大学にしがみつくことに汲々とする日々だった。一年後をどう生きたいのか、大学を卒業して何をしたいのか。青年の進路には靄が立ち込めている。一面の靄だ。白濁した視界を手探りで進んでいるに過ぎない。

 そのまま今日も眠ってしまおうかとおぼろげに考えていると、印刷用紙が切れていたのを何の拍子もなく思い出した。これではレポートを書いたところで印刷出来ない。なぜあの教授はメールで出させてくれないのかと軽く苛立ち、舌打ちをする。仕方がなく、重く、軋む身体をなんとか起こして、コートを着直すと、青年はゆっくりと光も何もない外の世界へ繋がるドアを開く。けれど所詮、内側にも光がないということも理解しながら。

 コンビニエンスストアに入り、店員がサンタクロースの格好をしているのを見て、そういえばもうすぐクリスマスだということに青年は気づく。しかし、自分には関係のないことだ、ということに気づくのも同時だった。店の中では若い男女が腕を組む姿が目立った。胸の中でどす黒い感情が渦巻く。印刷用紙を買うと、早々に青年はその店を出た。少しでも長く居たら、気が狂ってしまいそうに思えた。皆が皆幸せそうに愛を語り合うその光景に、それにくらべて俺はなんだ、と叫びたい衝動に駆られた。あいつらが俺の何倍頑張って生きているのか。俺よりも必死に生きているのか。そうでもないのに幸福を得ているのか。幸せそうな面をしているのか。

 ああっと青年は呻く。この苛立ちを沈めたい。吐き出したい。

 青年は公衆電話の前で立ち止まり、同じ大学に通う女を呼び出そうとした。青年の声を聞けば、嬉々として僕のアパートに飛んでくる。手間いらずで、自分から服を脱ぎ始める。苛立ちのはけ口としては格好の相手だ。深々と貫き、汚してやる。あの女は、それすらも愛だと勘違いするだろう。

 なかなか相手が電話に出ないことに青年が苛立っていると、向こうから小学生くらいだと思われる幼い男女が手を繋ぎながら歩いてくるのが見えた。兄妹だろうか。男の子が先頭に立ち、女の子を守るようにして歩いている。

 なぜそう思ったのかはわからない。ただ、なんとなくだ。

『もしもし?』

 ようやく、女が電話に出た。

「ああ、僕だ。今から部屋に来いよ」

 ――あの子どもたちを、監禁して、いたぶろう。

「これから、面白いことをするんだけど、君も一緒にどうだろう」

 ただ、なんとなく。

 ふと、青年――斉藤 翔太は、そう思った。

 

       ◇

 

『もうすぐ2009年も終わりですね』

 テレビから、そんな声が聞こえた。ああ、そうか、もう来年は2010年になるんだな、とどこか感慨深げに僕は思った。テレビの画面は、川澄綾音というアイドルが来年の抱負について穏やかに語っていて、そこだけ時間がゆったりと流れているように思えた。

「ねえねえ、しょうちゃん。明日はクリスマスイブだよ、クリスマスイブ」

 響子が僕の肩に顎をぽふっと乗せながら不満げにそう呟いた。

「ああ、知ってる」テレビ画面を見たまま答えた。

「なのに、あたしたち、何してるんだろうねえ」

「何って、監禁だろ。子どもふたり、幼い兄妹を監禁中」

 レポーターが他のタレントに質問を振ったところで僕はリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を切った。振り返ると、壁にもたれるようにして、お互いの身体を縛られ、口をガムテープで塞がれている小学生の兄妹がいた。

 妹の方は僕を怯えた目で見上げ、兄の方は釣り目を更に険しくして睨み付けてきた。まだまだ威勢が良くて大変結構だ。男の子はそうでないといけないと思う。ふたりの足首や腕には、縄を解こうとして引っ張ったりしたのか、微細な傷やささくれが見受けられた。

 僕は、ソファから身体を起こすと、ふたりの前まで歩き、腰をかがめた。

「あきらくんさぁ、そんなに睨まれると、お兄さん、怖いなぁ」

 あきらくんはそこで初めて狼狽の色を見せた。なぜこの人は自分の名前を知っているのか、と思ったのだろう。子どもの反応は素直で、単純で、わかりやすくて好きだ。

「知ってるよ、調べたもの」

 微笑むと、あきらくんはまた僕を睨んでくる。そして、時に妹の方に心配そうな視線を送り、すぐにまた僕に向かって睨む。そこからは、妹に手を出したら許さない、妹は俺が守る、という強い決意を感じられた。

 妹の蘭子ちゃんの方へ視線を向けてみる。、一瞬視線が合ったものの、すぐさまそれを拒絶するように俯き、小刻みに震えている。可哀想に、その顔からは血の気が失せ、すっかり青ざめていた。

「いや、僕だってこんなことはしたくないんだよ。せめて口のそれくらいは外してあげたい。でも、大声出されると、こっちだって困るんだ。わかるだろ?」

 ひとりはキッと僕を睨みつけ、もうひとりは僕のほうを見ようとせずにただ床を見ている。

「もし君たちが大声を出さないって約束するなら、外してあげてもいいんだけどね。どう?」

 僕の言葉に、あきらくんは若干目を丸くするも、またすぐに刺すような目つきになる。これは僕の話を信じてないな。

「蘭子ちゃんは? 呼吸苦しいでしょ? 約束するなら剥がしてあげるよ?」

 妹は妹で僕の話を聞いてるのか聞いていないのか、俯き黙りこくったまま微動だにしない。

「というか、何も食べてないからおなか減ったでしょ?」

 あきらくんは敵のほどこしなんて受けるかと言わんばかりに威勢よく首を横にぶんぶんと振るが、タイミングが良いか悪いか、彼の腹の虫が大きく鳴った。

「ほらね、嘘はよくないよ。響子、悪いけど、冷蔵庫にあるもので何か適当に作ってくれないか?」

 後ろで、黙って僕らの様子を見ていた響子が、不機嫌そうなままの口調で、

「それは構わないけど……その子たちに食べさせるの?」

「うん、そうしようかな、って」

「ちょっと、あまいんじゃないかな? 監禁というより軟禁になってるよ」

「死んでも困るだろ」

「別に、死んでもいいんじゃないの?」

「お前は歪んでる」

「最初にこんな計画持ち出したしょうちゃんにだけは言われたくない台詞だよ、それ」

 溜息を吐きながらも、純白のエプロンを身に纏う響子。

「何作っても文句言わないでよ?」

「ああ、それはもちろん」

 キッチンへ立ち、僕らに背中を向ける彼女を確認すると、僕はあきらくんの口からガムテープを剥がした。ビリリ、と不快な音がして、あきらくんも痛かったのか顔を歪めた。

「ぁ……」

 せっかく外してあげたというのに、あきらくんは僕に抵抗してかなかなか喋ろうとしない。相変わらず僕を睨みように見上げ、次は何を言い出すつもりかと窺っているようだ。

「や、おはよう」

 だからわりとシンプルな言葉を選んで言ってあげると、意表を突かれたのか、咄嗟に会釈するあきらくん。それが間抜けな行動だと気づいてか、すぐにばっと顔を上げ睨んできたが、それはもう可愛いだけの行為にしか見えない。

「さ、次は蘭子ちゃんだよ。顔を上げて」

 僕の言葉にびくっと身体を震わせて、恐る恐るゆっくりと顔を上げた。なるべく怖がらせないよう、痛くしないよう、頭を撫でながら、ゆっくりと口のガムテープを剥がしてあげる。剥がしきってもなお、蘭子ちゃんは怯えと不安が入り混じった顔で僕をまじまじと眺め、視線を合わせるとすぐに俯いてしまう。

「……おれのときと、はがし方が全然ちがう」

 不服そうにあきらくんが声を出した。

「男の子だろう。少しくらいの痛みはがまんしないと」

 彼は、ふん、鼻を鳴らした後、隣にいる妹、蘭子ちゃんに「大丈夫か?」と優しく声をかけた。それを受けて蘭子ちゃんは小さく頷く。ふっとふたりの表情が若干和らいだ気がした。

「ふたりは、仲良いんだね」

 微笑みながら言うと、あきらくんは訝しさに満ちた熱い視線で僕を見る。

「……なんなんだよ」

 そして、ぼそっと呟くように言った。

「その質問がなんなんだよ」

「なんで、おれたちを、こんな……」

 もごもごと口を動かす。聞きたいことは山ほどあるが、それがうまく言葉に出てこないようだった。

「ああ、なんで君たちを監禁したのかってこと? うん、まあ、色々な事情があってね」

「……どうするつもり、だよ」

「さて、どうしようか。それは、君たちの態度次第かな」

 僕の言葉に、言葉を詰まらせる少年。

「ま、騒いだり、暴れたりしなければ、僕としても手荒な真似はしないよ、うん」

「ウソだ」

「そう言われてもなあ。あ、トイレとか大丈夫? 漏らされたりしても困るから、したくなったら言ってくれよ。蘭子ちゃんには、ちゃんとあっちのお姉ちゃんの方がついていくからさ」

 唐突に名前を呼ばれたからか、またもやびくっと身を震わす蘭子ちゃん。完全に怖がってるなこれは。いや、当たり前なんだけどさ。

「ああ、もちろん、逃げだそうとした時はどうなるかわかってるよね? そういう時は――」

「……あの」

 僕の言葉を遮るように、あきらくんが口を開いた。さっきまでと違い、若干低姿勢に感じる。

「こいつ――蘭子だけでも、家に帰してやってくれないかな」

「おにいちゃん……」

 思いもがけない台詞に、蘭子ちゃんが泣きそうな顔で兄を見た。

「なあ、たのむよ。おねがいです。おれは、ここにのこるから……」

「美しい兄妹愛だねえ。でもさぁ――」

 僕はぽんぽん、とあきらくんの頭に手を置いて言葉を発しようとした。が、

「だ、だめだよ、そんなの! らんこは、おにいちゃんといっしょがいい! おにいちゃんがいっしょじゃないとやだよ!」

「わがままいうなよ、おまえだけでもここから――」

「やだっ! らんこ、おにいちゃんがいっしょじゃないとやだっ!!」

「だから――ッ!?」

 そこで、ふたりが大きく身体を振るわせた。僕がふたりの頭上に向かって思い切り蹴りを放ったからだ。

「あのさ、約束したよね。大声出さないって。うるさいんだよな。特に蘭子ちゃん」

「ぁっ……ひっ……」

 しゃくり上げ、今にも泣きそうになる蘭子ちゃんの姿を見て、僕は思わず頭を掻いて舌打ちする。

「おい、泣くなよな。泣いたら殺すぞ」

「――っ!!」

 言葉を詰まらせ、顔をまた青ざめさせる妹。手で口元を押さえ、必死に声を出すまいとしている。

「それから、あきらくんさあ。ちょっと無茶な注文し過ぎじゃないかなあ。なに監禁されてる側が条件出してきてるわけ? あんまりふざけんなよ? な?」

「え、あ、は、はい……」

「そうそう、人間素直が一番だよ」

 僕は微笑み、ふたりの頭を撫でる。どちらも完全に身体を硬直させていた。ふと視線を落とせば、兄が妹の手を強く握っていた。

「微笑ましいなあ」

 僕は立ち上がり、キッチンへ向かう。喉が渇いた。水分補給がしたい。

「何騒いでたの?」

「うん、まあ、ちょっとね。何作ってんの?」

 冷蔵庫を開けて中を物色しながら、背中越しの響子の質問には曖昧に答え、更に質問で彼女に返す。

「玉葱とチーズとパンがあったから、オニオングラタンスープ。超美味しく出来そう」

「ふぅん」

 それは何よりだ。本当に。

 

 

「さっきはごめんね、カッとしちゃってさ。ほら、お腹すいてるんだろ? 食べなよ」

 オニオングラタンスープの良い香りが鼻腔をくすぐり、その立ち上がる湯気は寒い今の季節に食欲を湧かせてくれる。しかし、ふたりは目の前に出されたそれに手を出そうとしない。せっかく縄を解いてあげたというのに、ふたりとも身を硬くして、俯いたままだ。

「謝ってんだろうがよ……」

「だから、そういう風に言うから怖がるんでしょ」

 響子は、自分の分のスープを口にして、「うん、上出来」と屈託のない笑顔になる。

「君たちも早く食べなよ。冷めちゃうよ。せっかく作ったんだから、残されると、お姉さんショックだな」

「さっきと言ってることが違うじゃないか」

「眠っていた料理人魂が今目覚めたのよ」

「何だよそれ」

 その内、蘭子ちゃんが、ごくっと喉を鳴らすのがわかった。唾を飲み込んでいるのだろう。兄が手を出すまでは自分も出さないつもりなのか。

「ほら、君。妹ちゃんは食べたがってるみたいだよ。一緒にいただきますしなさい」

 あきらくんは、ちらっと僕たちの方を見てから、今度は妹の方へ視線を移した。

「おにいちゃん、おなかすいた……」

 彼は、妹のその言葉に少し迷った素振りを見せてから、「ちょっと、まってろ」と、スープをスプーンで検分するようにくるくる回してから一口飲んで、「よし、いっしょにたべよう」と頷いた。

 すると蘭子ちゃんは目を輝かせて、「うんっ」とカップに手を伸ばし、ようやく食べ始めた。

「ねえねえ、しょうちゃん。今の、何。変な儀式みたいだったけど」

「毒とか入れられてないか確かめたんじゃないのか」

「な、何よそれ! 響子ちゃん超心外! ちょっと待って! もしかしてあたし警戒されてるの!?」

「今まで気づかなかったことに驚きだ」

「ええ、子どもに嫌われるのって何かショック……。ようし、見てなさい」

「どこ行くんだよ」

 ゆらりと立ち上がった響子に言う。

「響子ちゃんイメージアップ大作戦よ!」

 響子はそれから何も言わず、ふらりと外に出て行ってしまった。

 目の前では、幼い兄妹がガツガツと一生懸命に食事を楽しんでいて、思わず微笑してしまう。

「おかわりもあるみたいだから、食べたきゃ言えよ。食わせてやる」

 ふたりは、食べながらも、確かに小さく頷いた。

「そんなにお腹空いてたのかよ」

 食べ盛りなのだろうか。一日食事を抜いたわけでもないのに、豪快な食べっぷりだった。

 

 

「ただいま! 響子ちゃんのお帰りだよ!」

 時刻は午後の三時過ぎ。慌しく帰って来たかと思えばなにやら大きな箱を両手で抱えて部屋に登場した響子。片方の手首には何か赤いものが入った袋も吊らされていた。

「何買ってきたんだよお前は」

「まあまあ、いいからいいから、ちょっとこっち来てこっち!」

 言いながら、ずるずるとキッチンの方へと引っ張られた。ここからだと子どもたちの姿が見えない。最後に見たのは変な女の変なテンションに呆気にとられたふたりの表情だ。

「おい、今のうちに逃げたらどうするんだよ」

「大丈夫大丈夫。根拠はないけどさっ!」

「ないのか」

「いいからいいから、はい、これに着替える! 早く早く!」

 手首から吊るしていた袋からとある服を取り出す響子。

「おまっ、これ……。なんで僕がこんな格好――って何いきなり脱いでるんだよっ。待て、脱がすなっ、自分で脱ぐ……やめろっ!!」

 今日一番の大声を自分で出しながら、キッチンでどたばたと騒がしくすること数分。

「はーい、子どもたち! ご機嫌いかが!?」

 響子の声に、逃げることなくその場で一緒にじっとしてた兄妹がこちらを振り向き、コンマ数秒で、唖然と口を開いた。無理もない。なぜなら、

「こんばんは、サンタさんだよっ!」

 と能天気な声で現れたミニスカサンタを目の当たりにしたからだ。さらには胸の谷間も強調している。

「どこの店のサンタだ」

 ついでに、その後ろからは白い付け髭を蓄えた一般的サンタさんの格好をした僕。

「これは君たちへのプレゼントだっ! 心して受け取りたまへ!」

 先ほど抱えていた大きな箱。それを勢いよく開ける響子。

 そこにあったのは、大きな大きなケーキだった。雪原を思わせる生クリームの白さがまず目を惹き、次に、その上に飾られたトッピングのカラフルなチョコや苺、サンタやトナカイの形をしたお菓子が賑やかさを演出していた。

 それを見て、ふたりの幼い兄妹――特に蘭子ちゃんのほうが「わぁっ!」と大きく目と口を開き、その目は年相応の女の子のように爛々と輝いていた。

 あきらくんも口をぽかんと開けていたかと思えば、次第に笑顔になっていき、「すごい!」と飛び跳ねた。

「どうだ、凄いだろう。お姉ちゃんのこと大好きになるだろう」

「うん、すごい! だいすき!」

「すごいよー!」

 響子に群がる(といってもわずかふたりだが、それでも100%である)子どもたち。響子も屈みこみ、柔らかな表情でふたりを抱きしめたり頭を撫でたりしている。

「ケーキが喰いたいかー!」

「くいたーい!」

「お姉ちゃんのこと大好きかー!」

「だいすきー!」

「どうしよう、しょうちゃん。あたし超人気者だよ!!」

「ああ……良かったな……。それから静かにしような……」

 三時のおやつと称して、みんなで仲良くケーキを食べた。僕は何をしているのだろうか。とても4人じゃ食べきれないようなスケールのケーキだったが、結局あきらくんと蘭子ちゃんの頑張りによりケーキはみんなの胃の中に消えてなくなった。本当に良く食べる子どもたちである。

 蘭子ちゃんはすっかり響子を気に入ったのか、彼女の膝の上で座って一緒に楽しげに話をしていた。響子は当初の目的を完全に忘れてしまっているようだが、それは仕方ない。響子なのだから。

 あきらくんは僕のところへやや警戒しながら歩いてくると、「ごちそうさまでした」と頭を下げた。

「礼なら、あそこのお姉ちゃんに言ってやってくれ。多分、アホみたいに喜ぶ」

「でも、なんでこんなこと……」

「知らないね。あいつはいつも自由なんだ」

「妹がケーキを好きってこともしらべてたのか?」

「はい?」

 質問の意味がよくわからない。

「だって、そうじゃなかったら、ケーキなんて買ってこないだろ、ふつー」

「よくわからないけど、この時期ならケーキ買って来るだろ、普通」

「この時期?」

「クリスマスだよ。明日はクリスマス・イヴだ」

「へえ、そんな日があるんだ。すげえね」

 初めて知った、と言わんばかりの顔をするあきらくん。嘘をついているとも思えないし、嘘をつく理由もない。実際に知らなかったのだろう。

「……毎年、食べないのか? この時期にケーキ」

「うん、そうだね。たべたことない」

 あきらくんはそれだけ言うと、もう話に飽きてしまったように、「じゃあ、ありがとう」と言ってから妹の方へと向かっていった。

 その姿を見ながら、僕は、何かひっかかるものを感じていた。

 

 

「ようし蘭子ちゃん! お姉ちゃんと一緒にお風呂入ろう!」

「うんっ!」

「おいおい待て待て」

 蘭子ちゃんを抱きかかえてる響子を制す。

「なに、どうしたのしょうちゃん。一緒に入るのは俺だって? まったくロリコンなんだから」

「違う違う。なんだよ、風呂って」

「だってさ、昨日からお風呂入ってないんだよ? 女の子だもん、気にするよ。ねー?」

 微笑んで蘭子ちゃんの頭をくしゃくしゃっと撫でる響子。

「お姉ちゃんと、おふろはいるー」

「はい、よく出来ました。一緒に入ろうね。洗いっこしようね」

「おいおい待て待て」

 風呂場に行こうとするふたりを制す。

「なに、どうしたのしょうちゃん。先に入るのは俺だって? まったく大黒柱なんだから」

「いやわけのわかんないこと言ってないでさ。おかしいでしょ、それ」

「何がよ」

「僕たちは何をしてるんだっけ」

「監禁でしょ?」

「良かった、わかっててくれて。で、お前はこれから妹さんと何しようとしてるのかな?」

「お風呂で洗いっこ」

「おかしいだろ!」

「だから、何がよー!」

「だいたい一緒にケーキ食ってる時点でおかしいんだよ! これじゃただの子守りじゃないか!」

「じゃあ何でさっき止めてくれなかったのよ!」

「今思えば反省してるよ! とにかくもうそれ以上甘やかすな!」

「でも、時間まではまだもう少しあるでしょ?」

 時間。その単語に反応が鈍った。それは核心的なワードだった。

「……まあ、そうだな」

「だったら、それまでは別に好きにしてもいいでしょ。あたしたちの最終目的は、別にある」

「……いいよ、わかった。好きにしろ」

 僕はふたりに手をひらひらと振り、リビングに戻った。

 後ろからは、「よし、一緒にお風呂入ろうね」と楽しげな声が聞こえ、思わず、自分の頬が緩むのを感じていた。

 いつ以来だろう。あいつが、あんなに素直に嬉しそうにしているのは。

「なにわらってんの?」

 僕を見て、あきらくんが訝しげに尋ねてくる。

「いいや、別に」

 はっと我に戻り、あきらくんの近くに腰に下ろす。

「なあ、あきらくん。君は、妹をずっと、守ってやれよ」

 

 

 夜の六時になった。時間だ。やっとこの日が、この時が来た。

 電話をかけようとする僕に、響子が近寄って来て、耳元で囁いてきた。

「ねえ、しょうちゃん、ちょっと」

 僕たちを見てる兄妹には聞こえないような、小さな声で。

「さっき、蘭子ちゃんとお風呂に入った時ね――」

 響子が、お風呂場で見たものを僕に説明してくれた。予感はあった。もしかしたら、そうなのじゃないか、と。そもそも、あいつに子どもがふたりいること自体、おかしかったのだ。きっと、それは、そういうことなんだ。あるべくしてあるわけでなければ、それは――。

 僕は携帯電話を置いて、ふたりの子どもに問う。

「ふたりとも、ちょっといいかな」

 僕の声に、ふたりが反応してくれる。その表情からは、朝のような警戒心はもう見えない。

「ふたりとも、父親は、好きかな」

 その質問に、ふたりとも、押し黙った。

「ふたりとも、家に、帰りたいかい?」

 無言。長い沈黙が、部屋を包む。このまま何も喋らないかと思い、もう一度携帯電話を手に持った。その時だ。

「かえりたくない」

 蘭子ちゃんが、言った。

「あんな家、かえりたくない。こわい。こわい。おねえちゃんと、いたい」

 身体を両手で包むように、震えながら蘭子ちゃんはたどたどしく言葉を発した。

「あきらくんは?」

「おれも……かえりたくない」

「そっか」

 僕は頷く。響子とも目を合わせた。久々に、こいつの顔を真剣に見た気がする。しばらく見詰め合った後、僕たちは、頷いた。

 数字のボタンを押し終わると、携帯電話を耳に当てる。仕事が終わり、もう帰っている頃だろう。そして今頃、驚いているに違いない。いつもいるはずの、自分の我が子がふたり、いないのだから。あるいは、驚いてなどいないのだろうか。それも十分ありえることだと思った。

 5、6コールの後、相手が電話に出た。

『もしもし』

 忘れもしない。この声に間違いない。

 10年前、僕と響子を監禁し、いたぶった張本人――斉藤 翔太だ。

「僕を覚えているか」

『……どちら様でしょうか』

 探るような間合いから、第一声。ぴんと張り詰めた男の警戒心。鼻の吐息が雑音となって僕の耳に届いた。

「酷いなあ、わからないの? 木村将一と言えばわかるかな」

 ことさらに演じなくとも、男への憎悪は言葉の端々から火を放っていた。

『……どちらに、おかけでしょうか』

 語尾に、微かな震えがあった。

「おいおい、シラを切るなよ。10年前、あんたに監禁された、木村将一だよ。覚えてるだろ。というか、覚えていてもらわなくちゃ、困るんだよ、斉藤翔太さん」

 心臓を鷲づかみにしたはずだ。怯えろ。もっと震えろ。

『番号を間違えていませんか?』

 男は邪険に切ろうとした。僕は切らせてはならないと切り札を口にした。

「あんたの子どもは、俺たちが誘拐したよ」

 男は、ただ黙っていた。

「酷い話だよな。10年前、俺と妹を監禁した男は、今や一流企業のトップエリート。俺たちはあのトラウマから、素直に笑う事だって出来なくなってたっていうのに、あんたはその間輝かしい道を歩んでいたんだもんな。警察に話しても、証拠不十分でろくに調べてくれなかった。だから、調べたよ。必死で。妹と。そして、ようやく、10年かかって、ようやくあんたのことを突き止めた。あんたの顔を見て、間違いないと思った。10年前のあの男だと確信したよ」

 電話の向こうから、苦しげな息遣いが聞こえる。

「そして更に調べてみれば、あんなことしてた奴が家庭を築いていやがった。それを知った時、怒り狂いそうになったよ。俺たちの人生を狂わせておいて、自分は幸せな生活を過ごしてるとはね。だから、俺と響子は、復讐しようと計画を立てた。あんたの子どもを、俺たちみたいな目に遭わせてやろうと思った」

『待て、ちょっと……待て』

「でだ、いざ誘拐してみたらとても気分が悪くも俺たちにとっては面白い事実がわかった。あんた、自分の子どもたちを虐待してたんだな」

 食事もろくに与えられず、クリスマスの存在を知らず、身体は傷だらけ――。

「俺たちが危害を加えるまでもなかったってわけだ。酷い話だ」

『知らない……嘘だ……』

「話はここからなんだよ斉藤さん。もし、このことが世間にバレたら、どうなるかな。当然会社は解雇。逮捕されるだろうね。残念だよね、あんた、学生時代、物凄い苦労人だったみたいだし。それでようやく念願叶って入った会社なんだろうし」

『……どうすればいいんだ』

「今からいう住所に来てくれ。もちろん、誠意として金を持ってね。金額はあなたに任せますよ。額によってはわかってるでしょう? ああ、それから、土下座ですね。俺たちが許すまで土下座してください。それでチャラにしてあげますよ。実に良い話でしょう?」

 僕は住所を告げると携帯電話を切り、幼い兄妹と、自分の妹の方へ振り向いた。

「しょうちゃん……」

「今日起きたことは、響子は何も知らないし、何も関わってない。わかったか」

「えっ……」

「さすがに、ふたり捕まるわけにはいかないだろう? お前は、この子達と、どこか別の場所で、幸せに暮らしてくれ」

 それが、あの時お前を守ることの出来なかった、兄としての償いだから。

 僕は鹿討弾の入った二連銃身の改造猟銃を引っ張り出してきて、それを構えた。

「……待ってるからね」

 響子、呟くように言うと、子どもふたりの手を取った。

「絶対、待ってるから……お兄ちゃん」

「ああ……ありがとう」

 ありがとう。最後に、そう呼んでくれて。

 お前の敵は、僕が取るから。お兄ちゃんが、あいつを、ちゃんと殺すから。

 だから、願わくば。

 これからのお前の人生が、幸せでありますように。

 笑顔で包まれた日々を遅れますように。

 

 

 しばらくしてドアが開かれた。

 入ってきた男の姿を確認して、引き金を引いた。激しい銃声が部屋に響いた。

 願いをかなえた。僕の服には血がふりかかっていた。

 これでいい。悔いはない。

 これで、すべての連鎖が断ち切られる。

 僕は、自分の頭に銃口を向けた。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

短編小説。久々。

 

毎年クリスマス用の小説を書いていたので今年も書きたいなーと、今までがラブコメチックな話だったので、今年はもうちょっと違う話にしようと思って書いたのですが、どうしてこんなことに……。こんなはずでは……。なんか小説書けなくなってるよ俺……。

 

当初描こうとしていたものとまったく別物になってしまった上、とんでもラストになってしまったのですが、どうか「ああ、若気の至りだな」と温かい目で見守ってあげてください。というかそうして。とりあえず書いたことのないキャラや書いたことのないジャンルを書こうと。

 

というかこれ、読んだ人はうまく騙されてくれたのだろうか。それだけが気がかりです。

読んでいただきありがとうございました!

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