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北朝鮮は核実験するのか? | 国際情勢 2006/10/06 23:14
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/81000392672

1年越しのエントリー・・・。ひっそりと。

 

北朝鮮が核実験に踏み切る可能性は、現時点ではかなり高いと私はみています。その理由は、現時点では北朝鮮が核実験によって得るものは、失うものより大きいと彼らが考えているだろうから、ということになります。これを論証するには、やや複雑な手続きが必要になります。

 

まず、北朝鮮は結局何をしたいのか?という国家目標を推測する必要があります。間違いなくいえることは、金正日体制の保証・維持(さらには強化・発展)なのですが、問題はその目標をいかなる手段で達成するか、ということです。第一に北朝鮮が求めてきたのは「安全の保証」です。とりわけ米国の攻撃によってレジーム・チェンジがなされることが、北朝鮮にとっての最大の脅威認識だといってよいと思います。そのために、北朝鮮は先軍政治による軍事力の強化によって、米国に対する「抑止力」を強化しつつ、他方で交渉によって米国から「安全の保証」を担保するという二重のアプローチをとったわけです(ちなみに第4回六者協議共同声明(2005.9.19)では、米国が北朝鮮に対して「核兵器および通常兵器による攻撃を行わない」ことを約束しています)。

 

その意味で、北朝鮮外交の本質は、米国(その他の国)に対する「恫喝」と「求愛」の組み合わせです。ひとことでいえば、「ストーカー外交」ということになります。だからこそ、米国に対する「抑止力」を強調しつつも、交渉では米国からの「安全の保証」を求めるわけですね。

 

*     7月5日のミサイル発射で、なぜ「スカッドC」「ノドン」「テポドン2」という異なる種類のミサイルが連射されたのか?という疑問に対しては、以下のような意味合いを見出すことができます

「スカッドC」 再編後の在韓米軍・九州北部等への攻撃

「ノドン」   (特に連射することによって)日本のミサイル防衛初期配備突破

「テポドン2」 (失敗したものの)強化された太平洋軍司令部・グアム等への攻撃

⇒つまり、2006~2014年頃までの「米軍再編」「ミサイル防衛配備」という戦略環境下でも、北朝鮮は米軍・日本・韓国に対して「抑止力」を維持できる、というメッセージが込められていると読み取るべきというのが、私の考えです。

 

第二のアプローチは「経済基盤の強化を通じた体制強化」ということです。これについては、2000年代前半のミニ改革開放路線の試行、中国との経済関係の強化、国交正常化等を通じた人道支援の獲得、等さまざまな試みがありました。六者協議の中で北朝鮮が主張していたのも、(核計画の放棄によって生じる補填の意味を含めた)エネルギー支援(軽水炉供与問題を含む)、人道支援、そして国交正常化後の大規模経済支援(日朝国交正常化がそのもっとも大きなパイを占めています)ということになります。

 

2005年末以降、米国はマカオにおける北朝鮮関連金融機関に対する金融制裁を継続していますが、北朝鮮はそれを理由に六者協議を事実上ボイコットしています。北朝鮮がこの問題を継続的に提起していること自体、マカオ経由の(違法な)金融取引が、北朝鮮のハードカレンシーの流通に相当のダメージを与えたことを示唆しています。

 

六者協議における合意事項は、北朝鮮が「全ての核計画を廃棄」することを条件に、北朝鮮に対し「安全の保証」、「人道支援」、「二国間国交正常化交渉」、「将来の軽水炉供与」を進めるという取引でした。つまり「第1のアプローチ」については北朝鮮の核武装を否定し、米国が安全を保証する。そうすれば経済建設を支援する、ということですね。しかし、結果としてみればこの取引は、うまく地歩につけていないということです。なぜでしょうか?この答えが、「核武装宣言」(2005.2.10)、「ミサイル実験」(2006.7.10)、から「核実験宣言」(2006.10.3)までの流れをとくカギになります。

 

第一の仮説は「北朝鮮が、核武装と経済建設を両立できる」と考えていること。グローバルな文脈では、米国(およびP5+1)のイラン政策において(とりわけ軽水炉供与)、北朝鮮より緩い基準で勧められていること、1998年に核実験を実施したインド・パキスタンを事実上国際社会が容認し、インドの核の平和利用に関しては米国がむしろ協力する方向に転じたこと(2005.3)。二国間関係では、米国の(仮に北朝鮮が核実験をしても)北朝鮮に対する軍事オプションが依然として実行困難なこと(「(ただちに)致命的な行動にでるわけではない」という声明もあり)、さらに中国も(仮に北朝鮮が核実験をしても)北朝鮮に対する援助の停止等は困難であり、場合によっては「北朝鮮の核兵器との共存」路線も論じられつつある(たとえば『中国青年報』の沈論文参照)こと。さらに、北朝鮮国内の文脈では、イランやインドのケースを分析した強硬派が、六者協議の「共同声明」に対する批判を強めている(なんであんなものに合意したのか)ことなどが推測されます。いずれにせよ、こうした推測が「核実験しても大丈夫」論を支えている可能性が高いです。

 

第二の仮説は「あくまで米国との二国間交渉のためにブラフをかけている」というものです。米外交政策の中で、北朝鮮の位置づけはそれほど高いわけではありません。中東・イスラエル・イラクの問題は、ブッシュ政権では常にプライオリティにあります。その中で、北朝鮮が「恫喝」によって「求愛」を得るためには、「恫喝」の度合いを高めていかなければなりません。「ミサイルうっちゃうぞ」⇒本当にうつ、「核もってるぞ」⇒「核武装したぞ」⇒「核実験するぞ」⇒本当に核実験する、というエスカレーションのなかで交渉の機会をうかがうということですね。そのなかで、あまりに国際社会の反応が薄いと、北朝鮮はますます目立つ行動をもって、自らに視線を集中させるというパターンをとります。これが、どこまで交渉のためのツールなのか、それとも全てが「核武装」に向かう道なのか、については注意深い分析が必要です。少なくとも、10月3日の朝鮮中央通信経由の外交部発表をみるかぎりにおいて、「科学部門による・・・核実験」、「北朝鮮は・・・究極的な非核化を望む」などと、さまざまなごたくを述べています。つまり、突然実験をして核武装をして、米国に対する恫喝をかけるのではなく、注意深くいろいろな条件を探っていると受け止められるわけですね。つまり、交渉の余地を残しているわけです。

 

ただし、それでは交渉ができるか、というとそれは難しい。北朝鮮が再三求めている「金融制裁の解除」に米国が応じる見通しはないからです。交渉ができなければどうするか。それは恫喝度を上げるということになります。そして、仮に核実験後に「それほど北朝鮮のこうむるコストは大きくない」と北朝鮮が考えたとすれば、核実験に踏み切る可能性は十分あるというのが、私の見立てということになります。

 

ただ、北朝鮮の認識は別として、実際に北朝鮮がこうむるコストは大きいはずです。国連安保理は、Res1695に続く非難決議を採択し、おそらく前回の基準以上に、第7章措置(経済制裁と軍事制裁)の可能性を入れざるを得ないでしょう。六者協議への回帰はほぼ不可能になり、北朝鮮は「共同声明」で「得たもの」を失う可能性が高いです。さらに「共同声明」の履行違反は、ロシア・中国に対する約束遵守を反故にすることになります。安保理で拒否権を発動することも難しくなります。中国も北朝鮮を支え続けることが政治的に難しくなってきます。日本の安倍政権も、国防政策に対する追加的な措置が求められます。。。以上、北朝鮮が「失うもの」は実はとても大きいのです。問題は、国際社会が現時点で「失うものは大きい」とアピールする力が、いまひとつ弱いということに尽きます。もっともっと、強調してしかるべきで、これこそが危機管理の基盤を支えます。衆議院予算委員会その他において、この議論の迫力が今一歩なのが、私にはとても歯がゆく思えます。

 

ところで、日本の安全保障政策にとってみると、北朝鮮の核実験はいくつか重要な意味を持ちます。核兵器を実際に運用するためには、(プルトニウム型の場合)①兵器級プルトニウムの精製、②起爆装置の開発、③運搬手段(弾道ミサイル)の開発、④核兵器の小型化による③への搭載、というプロセスが必要です。これまで北朝鮮の核兵器が「まゆつば」モノだったのは、実は②と④が技術的に未開発だとみられていたからです。核実験によって、②・④の技術的信頼性が担保されると、北朝鮮の核武装はいよいよ実戦配備の段階に入り、日本は実質的に核兵器の脅威に直面する・・・というロジックになります。その意味で、今北朝鮮の核実験は真面目に止めるべき、ということにもっと真剣にならなければならないと思います。

 

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災害モード | つなぎの投稿 2005/07/23 23:12
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80002655559

超久々のエントリー。なんか、授業が終わってひきこもり生活の再開中です。

 

頼まれている原稿がなかなか進まない。きのう1本だせたのだけど、まだ残り3本。やだなあ、やだなあ、とネガティブ・モードでお昼ごろまでだらだらしていると、それをたしなめるように大きな揺れが。

 

マンションの14階での震度5弱はハンパない。たて揺れがきた時点で動物のカンが働き、とっさに背後にある書棚をつかむ。

 

案の定、まもなくして大きな横揺れ。すごい。

 

もし論文に熱中していたら、100冊あまりのハードカバーに多発的に背後を襲われ、ジ・エンドだっただろう。(ふっ、震度5くらいでは、オレは倒せないぜ、とつぶやく)

 

居間では、ガラガラと大きな音。どうやら、ガラスのラックとともにテレビが崩れ落ちたらしい。カッコつけてたてつけの悪いガラス棚においていたのが、そもそも悪い。北欧家具はあえなく半壊。

 

その奥の部屋にあるデザイン書棚からは、マンガやビデオが散乱してしまう。このあたりに、デザイン系家具の弱さを感じざるを得ない。

 

一息ついたところで、夕食でも、と思い外に出ると、マンションのエレベーターが地震で止まっている。仕方なく、14階から階段で下りて夕食の買出し。復旧するきざしもないので、買物袋をかかえて汗だくになりながら14階まで上がる。(ダイエット・・・にもなるか)と慰める。

 

しかしいざキッチンに向かうと、ガスが入らない!マジで?ガスメーターのボタンを押してもなおらず。これって立派な災害じゃないか。あー、ということで、食事を断念して、ケロッグのコーン・フロスティが夕食。おわっている。。。

 

安全保障を教えているわりに、災害に弱いkenboy3でした。

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投稿さぼりぎみ・・ | つなぎの投稿 2005/06/18 00:32
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80002554586

クルルになってから、めっきりブログ書きから離れてしまいました。少し注文をいえば、もう少しブログ主体のシンプルなデザインがいいなあ。

 

ここ2週間くらい風邪気味で体調があまりすぐれません。とはいっても、授業はあるし、原稿の締め切りは迫るしだし、休んでいられないのだけど。授業は本当に楽しいし、学生との対話にも元気をもらっています。いい仕事をしている気がする。

 

神奈川県のはずれにある大学までの通勤は大変です。車と電車でそれぞれ試してみたけど、双方ともだいたい1時間半から2時間くらい。おかげで通勤途中にCDを聞きまくっていて、最近大分音楽に詳しくなった気がします。

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5ヶ国安全保障対話/高麗大学ゲスト講義 | つなぎの投稿 2005/05/29 03:15
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80002038535

【5ヶ国安全保障対話】


5月26日(木)に韓国国防省関係のシンクタンクが主催するシンポジウム「北東アジアにおける5ヵ国の軍事戦略と朝鮮半島の安全保障」に出席してきました。このシンポジウムは韓国国防省の地域アセスメントの一環として、北東アジア諸国から専門家を招き、各国の軍事態勢を比較するという試みです。各国からの参加者はなかなか面白い面子で、米国からラリー・ウォルツェル(ヘリテージ財団)、中国から岳暁勇(中国改革開放フォーラム)、ロシアからアレクサンダー・マンスーロフ(知る人ぞ知る有名人です)、韓国からは国防省関係者、そして日本から私が参加しました。


今回の会議の焦点は当然ながら、最近の北朝鮮の核問題をめぐる動向を、各国がどう評価するかでした。各国の冒頭プレゼンテーションでは、六者協議に関する日米中ロ韓のアプローチの「差」が「溝」となり、足並みを揃えられない現実を再認識した感がありました。

 

日米はともに北朝鮮に対する核の完全放棄(CVID)を求める厳しい対応を崩さず、他3カ国(とりわけ中国)にも同意を求める構図。これに対し、中国は「どのような場合でも、平和的解決の原則を守るべき」といいつつ「(対北朝鮮政策に関して)中国には皆さんが思うほど力がないのです」とかわす。ロシアからも「(某高官の見解として)朝鮮半島が戦争になるくらいであれば、北朝鮮が核武装したほうがマシだ」という見方が示され、絶句します。米国からは韓国に対しては「北朝鮮に支援しすぎだ」と批判がなされたことについて、韓国側からは「人道支援は重要であり、暴発を防ぐ手段だ」というやりとり。なんだか、ミニ六者協議みたいですね・・・(^-^;)。


北朝鮮の動向が懸念される方向性に向かうとして、今回のアセスメントとしては「核実験の動きはmustで止めなければならず、そのためには北朝鮮が『パキスタン化』の可能性があるという誤解を打ち消さなければならない」(日本)という見解に対して、「コストベネフィットで考えれば、北朝鮮は核実験はしないだろう」(韓国)とか「核実験したとしても、その後の対応オプションを整理することが大事だ」(ロシア)とか、「どんな状況でも平和的対話路線を崩してはいけない」(中国)と、まったく足並みが整わない。だから、そのようなことを言う前に「パキスタン化」の誘因を消すことが大事だと思うのだけど(*もちろん、中国は政府レベルでは北に核実験をしないよう、強く申し入れています)。米国と中国が交渉の手を抜くようであれば、日本は自立的な方向に向かわざるを得ないのですから、彼らにとって後の祭りにならないように。


日中関係の動向についても、多くの方々から心配する声が挙がりました。やや気が滅入ります。期せずして日中双方が言及したのは、温家宝の「3つの原則、3つの提案」でした。互いの共同声明・公式発言での戻れる場所を常に確認しあう。こうした関係がまだ日中関係は脆弱です。いまさら72年の共同宣言・・・はないでしょう。だから、98年の小渕・江沢民会談の際の「日中共同声明」と温家宝の「3つの提案」をベースに関係改善を進め、新しい画期的な共同声明の策定を目指すことを合意する・・・以外に方法はないのでは。でも、「小泉総理が歴史問題を正面から取り上げる英断を期待する」ということが入り口であることを強調する姿勢には変化がありません。


会場とのやりとりでは「日本は米国に近づきすぎているのではないか。米国の世界戦略に乗ることによって、この地域の安全を脅かしているのでは」という意見が寄せられました。ひとこと言いたかったこと⇒「韓国も米の同盟国でしょうに・・・!」 

 

【高麗大学でのゲスト講義】

 

27日(金)は高麗大学の国際関係研究院が主催するゲスト講義を行いました。対象は高麗大学の大学院生ですが、なぜか各国大使館関係者や在韓米軍の方々も参加してました。オープンな雰囲気で、いいなあ。

 

ちなみ話の内容は「日本の外交・防衛政策の新しい展開」と題して、40分の講義・50分の質疑応答。今回の講義では、日本の安全保障政策が90年代を通じて遂げてきた変化を振り返り、そして2000年代に入り、リージョナル・グローバルな領域を自国の安全保障として引き寄せていくいくプロセスとして話を組み立ててみました。


韓国の大学院生の反応としては、「日本は北朝鮮問題の脅威を煽ることによって、自国の防衛政策の強化につなげ、将来は中国と対抗することを目指しているのではないか」、「日本の高い防衛費、新しい兵器体系の導入等は、この地域の軍拡を助長すると思う」・・・など、結構現在の若手層が日本にどういうイメージを持っているのか、勉強になった感じです。


日中関係についても心配する声が挙がりました。ただ、会場でお会いした韓国人の年配の方は「小泉総理が靖国神社に行こうが、バーに行こうがかまわない。ブッシュ大統領が教会に行き、アーリントン墓地に行くようなものだ。別に小泉総理は我々に喧嘩を売るために参拝しているのではないのだから、いい加減そっとしてやればいいのに。韓国側にもそうした受け止め方が必要だ」と発言していました。けっこう勇気ある発言だったと思いますが、こういう醒めた見方を年配の方から聞けたことも収穫でした。

 

すみません、まとまりがありませんが、こんな数日間でした。

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「ミドル・パワー」外交論 | つなぎの投稿 2005/05/21 00:39
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80001970496

添谷芳秀『日本の「ミドル・パワー」外交:戦後日本の選択と構想』(ちくま新書、2005年)を読みました。私は『日本外交と中国:1945-1972』(慶應義塾大学出版会、1992年)以来、添谷先生の著作のファンで、日米安保論、多国間安全保障論、東アジア外交論など、長年にわたり多くのことを学びました。特に、添谷先生の「国際秩序構想と対外政策」、さらには「対外政策と国内政策」のリンケージを考える思考様式はとてもクールかつ上品で、しばしば泥臭さの伴う人間同士の葛藤としての政策決定さえも、シャープに区分けされた概念の下で演技するアクターに変えてしまう。そんな知的な爽快感を味わうことができました。

 

さて、この「ミドル・パワー外交論」を書店で見つけたとき、「添谷先生はそろそろ勝負に出たのかな」と思いました。本書で取り上げられる「ミドル・パワー」とは、日本が「ミドル・パワー」であるかどうかには「重きをおかない」ことをことわりつつ、むしろ「外交資源をつぎこむ領域」としての外交論であるという前提にたっています。とはいっても、読者にとってみれば、果たしてそれを「ミドル・パワー外交」と規定することが正しいのか、という「入り口」から説得を始めなければならない。だって、語感からして「ミドル・パワー外交」論は、日本が経済大国だと自負している方々にとっては、なんともすわり心地の悪く、かつロングホールのティーショットをアイアンで打つような感覚を覚えるわけですね。

 

そして、読者の最大の関心はその「入り口」にあります。来週あたりから、さまざまな書評がでると思いますが、おそらく産経、読売、日経あたりは以下のような論調となるのでは・・・: ①日本は経済規模からいえば、80年代以降はれっきとした大国となった、②80年代以降、国際金融、通商政策、開発政策、技術開発において果たした役割は「大国」の姿そのものである、③したがって日本の(経済)外交をミドル・パワー外交とみなすことは、概念として誤っているばかりでなく、縮小均衡論として国際社会の期待をも裏切る・・・

 

著者はそんなことは100も承知なわけですね。それでも「敢えて」、「ミドル・パワー」と呼称した真意は、著者のいう「ミドル・パワー外交」の領域こそが、もっとも日本が国際秩序に主体的に参画できる領域であり、そこに知的資源を集中すべきことを提言したかったからだと私は解釈しています。それは、①大国外交意識、②平和国家外交意識の「二重アイデンティティ」の対立が、「日米安保を手放せない日本外交の身の丈にあった役割の模索にほとんど寄与せず、むしろ足枷になってきた」という手厳しい戦後論争の評価を基本に、そこから脱却した「主体的な国際秩序像」を模索する外交ということになります。

 

わたくし、この論点に深く共感しているんです。というのも、私の日本政治に関する問題意識も、大学生のころ自社連立政権ができ、村山内閣があっさり自衛隊と日米安保関係の合憲性を認めたことにショックを受けたことにありました。そのショックを当時の恩師である佐藤誠三郎先生に伝えたところ、「サルトーリの政党論にも書いてあるでしょう。政党というのは、そういう生き物なのです」といわれて、愕然としました。だって、非武装中立論とか自衛隊の合憲性を論点に、38年間も命がけの議論をしてきたんじゃないのか・・・その理想を実現するために社会党は戦っていたのではないのか・・・という思いがあったからです。

 

でも、実際は違った。社会党は「いかにその主張が非現実的であるかが、彼らの得票につながった」(佐藤先生)というように、ヴァーチャルな理想論に固執することを、有権者へのパフォーマンスとして票を稼いできた。だとすると、戦後の「二重アイデンティティ」とそれに代表された自社対立のアホな構造に真面目に付き合うのは、徒労以外の何ものでもないじゃないか!という思いに駆られたわけです。だから、日本のパワーを見据え、国際社会への働きかけ(秩序構築への参画)をすることこそが必要なんだ、と思い至るわけです。その意味で、添谷先生の志向には、(私の誤解・誤読がなければ)とても共感する部分が多いんです。

 

でも、それがイコール「ミドル・パワー外交」ということになるだろうか?たしかに政治は「限られた資源の分配」であるから、分配されたパワーの身の丈に応じた外交を志向することはリアリズムの基本です。ただ、添谷先生が「大国外交」と規定する定義は「歴史と伝統および価値に支えられたユニラテラリズムを特徴とし、軍事力を外交の最後の拠り所とし、大国間政治や安全保障の領域を中心とした国際システムの基本構造を左右する」としています。これって、定義としてやや狭すぎないでしょうか?

 

たとえば、ウイーン体制のころの欧州列強だってそれぞれ「大国」と定義しますよね。でも列強すべてが上記の定義を満たすとは思えない。さらに、「軍事力を最後の拠り所にし・・・」というのが大国の定義だった時代から、1970年代に相互依存が進んだ国際関係の中では、経済力や技術力が「大国」のステータスとして浮上してきたから、『アフターヘゲモニー』の議論が意味をもったわけですし。

 

ただ確かに、「大国が規定する国際システムを所与とし、かつ大国との全面的対立を外交上の選択肢として放棄し」てきたことは事実です。日本の1970年代の「自主外交」と呼ばれた一連の政策(例えばインドシナ外交、中東へのODA政策、東南アジア開発モデル、福田ドクトリン)にしたって、よくよく突き詰めれば米国の掌の中の外交であり、(秩序に離反する意味での)自主外交ではなかったとも評価できるでしょう。

 

でも、そうだとすると「ミドル・パワー外交」がむしろ「米国の掌の中」にいることを助長するという点において、むしろ外交思考を卑屈にし、その枠組みを拘束することにはなりませんかね。「イコール・パートナー論」・「パワー・シェアリング論」・「米英同盟のような日米同盟」がたしかに空疎に聞こえても、それを目標とし・自負する同盟外交が力強い安全保障秩序を生むと私は考えています。それは「日米同盟さえあれば大丈夫」とかの類の議論ではなくて、日本が米国とともに世界秩序構想を考え、米国の安全保障政策決定に影響力を行使するようでなければ、結局同盟関係の間の「主体性」など発揮できないのではないでしょうか。そのためには、米国と同様に世界情勢にくまなく目を配らせ、そこにおける秩序のあり方に「コミット」する。それが経済的手段であったとしても。これは「大国外交」そのものではないでしょうか。これが私の見解です。

 

最後に、本書の主張のもう一方の核心(そして著者に本書を上梓する契機となった現象)は、日本国内における自覚的・無自覚的ナショナリズムの台頭への懸念だと思います。そして、実は保革対立が解消し、日本がかつてのような「足枷」としての神学論争から解放されようとしている現在でも、日本のナショナリズムの焦点は、まさに国内論争としての「憲法」であり「戦後」である。そこに、自縄自縛的な「逆噴射」をかけようとするばかりで、国際秩序に働きかけようとするものではない・・・ということでしょう。年配の保守層の世代の方々が、「憲法との対話」に絶え間ないエネルギーをつぎ込み、その呪縛から脱却することが正義だと信じて言説をはっているのに、呪縛からとかれたと思っていたら、実はその闘争こそが本人のアイデンティティであった・・・。こうした陥穽こそが、著者の懸念する外交論の偏狭性であるし、その偏狭性こそは55年体制の繰り返しであったのでしょう。

 

「ミドル・パワー外交論」はそれを打破する突破口となるのか。。。私は「ネーミングさえ変えれば・・・」と思ってしまうのですが(^-^;)。。。

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更新が・・・/北朝鮮についてひとこと | つなぎの投稿 2005/05/17 00:50
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80001938817

更新が滞っていてすみません。なんだか締め切りの迫った(過ぎた)原稿たちに追われて、こちらのブログを書いていると編集者にドツかれそうなので・・・(^-^;)。自粛中です。

 

日曜日の「ウエイクアップ」に私がちょこっと出演してました。北朝鮮の核実験をめぐる動向について一言述べました。といっても汐留のスタジオで収録は1時間、使われたのは15秒・・・そんなもんなんです。しかも、前後の文脈なしにディレクターの気に入った部分をツギハギにするから怖いよなあ。。。と、よくテレビに出てるM先生に言ったら、「それも君の実力のうちだ」とばっさり。さすが。

 

ひとこと。北朝鮮に残された道は、①時間稼ぎ(Muddle Through)、②CVID受け入れ(Strategic Decision)、③危機モードに突入(ミサイル実験、なんらかの小規模軍事行動、核実験)のいずれか。これまでの六者の最大公約数は、②を目標におきながら、①でもいいかなという2年半。ここに安住するつもりなら、北朝鮮は核開発のスピードを危機を高めない程度に抑え、それに警告を発しながら止めを刺さないという阿吽の呼吸が求められた。でもさすがに2年半は長すぎ、北朝鮮もしびれをきらして2月10日みたいな声明を出す。残りの五者にしたって、北朝鮮が兵器級のプルトニウムを徐々に貯めてしまうと、危機管理が難しくなる。

 

だから、そろそろ②を迫るための勝負をかけなければならない、と多くのアクターが考えるようになる。「北朝鮮が真剣な交渉に応じるのは、彼らが体制転覆の危機を感じたときだけである」(米シンクタンク関係者)という言葉を土台にすれば、北朝鮮にCVIDを飲ませるには、軍事圧力か経済圧力を背景とした交渉ということになるでしょう。前者は米国、後者は中国・韓国・(日本)が鍵を握っている。それを導くのが国連安保理への付託という入り口。ここで、北朝鮮は何らかの対抗措置をとって打開を図る公算が強い。その際に、米の前者の態度が甘ければ、北朝鮮は「核実験後に米朝二国間交渉が可能」という仄かな期待に運命を託す可能性がある。これが一番怖い。北朝鮮が核実験をするとすれば、こうした甘い期待を抱いたときでしょう。なんだかんだで、こうしたシナリオを回避し①に落ち着く可能性も高いと思いますが(だって、誰も準備できてないんだし)。

 

今すべきことは、北朝鮮が核実験後に「パキスタン化」(核実験が事実上不問に付される)の道が開かれていると思わせないこと。その意味で、私は小泉総理がGWにパキスタンを訪問して、98年以来凍結していた円借款の再開にコミットしたのは事情はわかるが、あまりにタイミングが悪すぎたと思っています・・・

 

PS:

佐藤優『国家の罠』を週末に読みました。彼は一連の外務省騒動で逮捕された、ロシア専門家として情報収集・分析においてプロ中のプロ。本書では、彼の能力の一端をソ連崩壊時の情報収集、森・プーチン会談の舞台裏などからも読み取ることができます。佐藤氏の記憶力と執念で描かれる人間関係は生々しく迫力がある。「国策捜査」として自らの逮捕を「時代のけじめ」と位置づけるヒロイズムに違和感はあるが、対ロ政策の中枢にいた男の手記としてとても読み応えがある。ところどころにある、能力のない同僚などへの容赦ない評価や、自らの仕事の正当性の主張は、本の性格上仕方ないとはいえ、ある種のゆがみ(能力の証明・承認欲求)を自己に見据えた作品といえるかも。章の構成もバラバラだ。が、それが外務省の仕事なのかもしれない。

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韓国における新世代の台頭と「ニュー・ライト」(続き) | つなぎの投稿 2005/05/07 00:32
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80001855145

雪斎さんに薦められて、今月の『中央公論』所収の小針進「ポスト『386世代』の意外な保守回帰現象」を読みました。けっこう刺激を受けましたので、紹介と感想を少々。

 

小針さんは、昨年9月に同僚らと18歳~60歳のソウル市民を対象とした質問票調査に基づき、韓国人の年齢別の政治態度を分析しています。ここでは従来よく見えてこなかった、「386世代以降」の20代が実は意外な「保守回帰」を起こしていることを指摘しています。

 

例えば「次の国に対して好感が持てますか?」と言う質問に、18~29歳までの日本に対する好感度はきわめて高い(20~29歳代は63%、18~19歳に関しては他国を抑えてトップの71.2%)んです。韓国の若年層は親日的であるという姿が浮かび上がってきます。ところが、30~39歳になるとこの数字が激減し日本への好感度は44.4%、米国には40%という数字に落ち込みます。これが40~49歳台になると回復(日:51.4%、米:64.2%)、50~60歳代では米国の数字が急増する(日:50.3%、米:84.4%)という興味深い数字が示されています。(⇒標本の有効性について問う必要はあると思いますが)

 

ここから浮かび上がるのは、30~39歳代の386世代の「特異性」です。対日好感度は、30代を中心に見事な「逆ベルカーブ」を描き、対北朝鮮好感度は「ベルカーブ」となっています。つまり、「386世代」というのは、韓国の世代全体のなかからみても特殊な世代だということが伺えます。そして、20代と10代後半の意識が、いわば40代以降のサンプルと似た「保守回帰」現象を起こしていることも指摘できます。つまり、「韓国の若年層が反日的」という見方は、この調査からは当てはまらないことになるわけですね。もしかすると、盧武鉉政権の「急進性」も意外に短期間で終了する一過性のものなのかもしれませんね。

 

ところで、「生まれ変わってもわが国で生まれたいか」「今の生活に満足しているか」という質問にたいしても、18~19歳のYESという回答率は高い数値を示しています。ここでも386世代のYESは他世代に比べて低いんですね。ちなみに日本についていえば、以前のブログでJ-WAVEのオンエアにおける邦楽の占有率について述べた際に、「東京回帰のナショナリズム」に触れましたが、これは日本国内での豊かな生活にプライドを持つ層が増えたことを指摘しました。実は韓国国内でも同様の傾向があって、経済発展と民主化を謳歌する世代が、「ソウルって楽しいしカッコいい」と感じて満足している層の増加を意味しているのだと思います。(⇒たしかに、中国の反日デモが学生中心だったのに比べ、韓国では日章旗を燃やす等の抗議行動は比較的中年層が多いですよね)

 

ただ、こうした「保守回帰現象」は比較的無自覚なもののように思えます。というのも小針さんも指摘するように、20代の若者は政治的無関心層が多く、投票率も低く、政治離れが進んでいるからです。そこには、20歳年上の世代への「意識的回帰」や、386世代への「意識的抵抗」があるというよりは、むしろ「豊かな生活をもたらしている相互依存関係への認識が現れている」といったほうが正確ではないか、と思います(もっとも20代の北朝鮮への好感度は高く、これを上手く説明することはできないのですが・・・)。

 

「386世代」への批判は、むしろ「386世代」の中からでているようです。これが、一昨日紹介した「ニュー・ライト」の台頭です。「ニュー・ライト」運動が、20代以降の新しい世代を巻き込む勢力となっていくのか、これが今後の韓国政治をみるひとつの座標軸と考えるというのは、いかがでしょうか。私はけっこう面白い視点だと思っています。

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日韓関係/韓国におけるニュー・ライトの台頭? | つなぎの投稿 2005/05/04 11:58
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80001830213

5月1~3日に韓国・ソウルを訪問し、昨夜帰国しました。今回は、我がSFCと延世大学との連携プロジェクトの打ち合わせがメインの目的でしたが、滞在中に多くの人たちに会うことができました。いろいろな幸運もあって、駆け足ながらハンナラ党・ウリ党議員や、研究者、ジャーナリストなどあわせて11人と懇談することができました。

 

【日韓関係について】

 

懸念されている日韓関係について、竹島(韓:独島)問題の喧騒は一段落した模様。盧武鉉大統領が「外交戦争」という刺激的な言葉を用いた3月23日の「国民への手紙」で対日強硬姿勢を示して以降、支持率を約15%も上げて「けっこう対日強硬路線は使える・・・」と思ったに違いないのですが、4月30日に実施された補欠選挙では、23選挙区で与党・ウリ党が全敗(うち国会議員5議席)という衝撃的な結果となりました。

 

この惨敗はウリ党と青瓦台の双方に相当の衝撃を与えているようで、盧武鉉型の急進的な改革路線(過去の清算や首都機能の移転など)は、軌道修正を余儀なくされているようです。こうなると、「選挙前には日本をたたけば票がとれる」という構図にも、「再考が必要」との認識も徐々に生まれているよう。

 

ちなみに、今回の強硬な対日姿勢については、盧武鉉大統領自身(と青瓦台)主導の「政治化」(politicization)であったと、会った人たちは異口同音に言っていました。中道派のハンナラ党の議員や学者・ジャーナリストらは、こうした盧武鉉大統領の対日姿勢について「いくらなんでも大統領が旗を振るのはどうか」とやや呆れていた感がありましたが、彼らも「一度政治化されると、独島問題では引くことが許されない」政治環境だったと、回想していました。

 

あるジャーナリストは「領土問題について双方が原則的立場から対立するのは当然で、そうした状況の中で目指すべきは『解決』ではなくて『管理』であるべき」といいます。「管理」とは、問題が発生したときにいかに収束させるか、そして問題自体をどのように発生させずにおくか、そしてその構造をどのように保たせるか、ということを意味します。「解決できない以上管理を」という発想が一部のジャーナリストたちに共有されていたことは興味深いですね。

 

たとえば竹島問題について、「韓国側はどうしてあんなに極端な反発をするのだろう」「きっと国内向けにそうする必要があるのだろう」と日本側が見る向きに対して、「(韓国側だって政治化したくないのに)日本はなぜ問題の発生を未然に防げなかったのか(⇒島根県議会の決議を事前に止められなかったのか)」という思いも強いようです。

 

それでも、一度政治化すればこれに対応せざるを得ず、韓国側としては盧武鉉大統領自身が先導して、この問題を最大限利用する動きに転じました。そして、韓国政府のヒートアップした対応が国民の感情を刺激するスパイラルを誘発し、「日本側はもっと韓国人の深いトラウマを理解して欲しい」という議論が浮上するわけですね。

 

他方で、ある日本研究の学者は「日韓がお互いの関係ばかりを見つめず、地域問題やグローバルな問題について、互いの共通の認識を確認しあう場が足りない」と述べていました。1998年の小渕・金大中会談において、日本側が「日韓共同宣言」で「痛切な反省と心からのお詫び」を示したことに対して、韓国側は歴史問題の「脱政治化」という路線を提示しました。

 

その後、日韓関係はハネムーン期ともいえる良好な関係でおおむね推移したわけですが、実は「日韓共同宣言」の下で進めるはずだった「日韓パートナーシップのための行動計画」がなおざりにされていた。たとえば同行動計画には「国際社会の平和と安定のための協力」「地球規模問題に関する協力強化」が謳われていたわけですが、これらの項目に両国が十分に取り組んできたとはいいがたい。

 

つまり、日韓関係は互いの関係の良好化に満足して、「二国間関係を超えた共通の問題領域の定義」を怠ってきた。すると、二国間関係がコケると、「その他の問題領域での協調」が無いことに気づく、これではマズいということです。

 

上記教授は、「日米関係が1996年に再定義されたように、日韓関係にも再定義が必要だった」と指摘します。とはいっても、同盟関係である日米関係と日韓関係を同じ土俵で論じるわけにはいきませんね。私の見方では、1998年は日韓関係の大きな再定義だったことは間違いなかった。しかし、同教授のいうように「二国間を超えた共通の問題」への取り組みは置き去りにされており、これを政治宣言としてもう一度確認したほうがいい、と思います。日韓関係は、韓流ブームの下での文化交流に隠れて、互いの協力の脆弱性に気付けなかったのかもしれません。少なくとも、これまでの蓄積が簡単に引っくり返るようでは、まだまだ「パートナーシップ」は道半ばということでしょう。

 

【韓国における「ニュー・ライト」と「ニュー・レフト」】

 

ところで、韓国内ではいわゆる「ニュー・ライト論」が台頭しているようです。会食を共にした「ニュー・ライト論」の旗手S氏によれば、同論は「リベラル思考の保守」を表すようで、「思想の自由」を前面に掲げる保守思想ということになります。「ニュー・ライト」がどれだけの凝集力を持っているかはまだ未知数ですが、昨年11月に開設されたウェブサイト「シンクネット」や「リバティー・ユニオン」(響き悪ぅー)を中心に、言論活動を展開しているようです(ウェブサイトは残念ながら韓国語のみ)。

 

大きくまとめれば、「オールド・ライト」への対抗としての「柔軟な保守」あるいは「プラグマティックな保守」ということになるでしょうか。S氏の言葉を借りれば、反共思想ひとつをとっても「独裁・専制のための反共」と「自由のための反共」は異なり、「ニュー・ライト」は自由主義をベースに国家の基本的価値を守ることを主軸にするとのことでした。したがって、彼らの対日思想は愛国的でありつつも、安全保障・経済・文化・価値などを判断した(雪齋さまの言葉をお借りすれば)「勘定の政治」を旨としているようです。もちろん彼らは、いわゆる「親日派」ではなく、保守リアリズムに基づくことに留意すべきでしょう。(ニューライトについては、こちらこちらも参照)

 

また、韓国の386世代については、ノ・ムヒョン大統領を誕生させた「リベラル社会運動世代」として脚光を浴びてきましたが、どうやらこうした若手リベラル層にも、新たな動向が散見されるようになってきました。いまや2000万回線とも呼ばれるインターネット王国の韓国では、世論の動向をネットが大きく左右するようになっています。たとえば、多くのテレビ局の映像配信や、新聞社の記事配信についても、ネットへの転送率は著しく高く、ホリエモンの登場を待たずして、報道・論説情報の相当部分がネットでやりとりされているといえます。

 

そんな中、「ネット社会に漬かる若手世代は、リベラル、反米、国家主義的、ウリ党・盧武鉉支持」という構図に、やや変化が現れてきているようです。①「オールド・レフト」(盧武鉉世代)層と386世代にも断裂が生まれ、②386世代も一枚岩ではなくなってきており(「ニュー・ライト」による異議申し立て)、③さらに若者層の間では「ニュー・レフト」(親日だけど、親北でもある)といった構図も生まれつつあるようです。うまく分類できないのですが、一方の極に専制政治と戦った「オールド・レフト」の闘士たちがいて、もう一方の極に政治的無関心層とスーパーリバタリアンがいる。この組み合わせが、かなり複雑化しているというのが、レフトの新しい動向のように感じました。

 

ちょっと、このあたり韓国政治・社会に疎い私としては深く切り込めないのですが、今後の韓国の政治動向やナショナリズムの動向についても、ここ2~3年の分析と異なる新しい展開が生まれてくる気配があります。これらの断裂をどう理解し、スーパーリバタリアンを超えた「秩序」が、どういった思想によって形成されてくるか、いままさに韓国は模索しているといった印象を受けました。

 

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参考人招致 | つなぎの投稿 2005/04/26 15:23
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80001761896

今日、初めて国会での参考人招致がありました。

 

衆議院安全保障委員会「防衛庁設置法等の一部を改正する法律案」の審査に関し、参考人として出席してきました。今回のテーマは「ミサイル防衛と統合運用のありかたについて」。こちらでみることができます。

 

衆議院の門をくぐって、国会の中に入ると、けっこう感動しました。「あー、小学生以来だなあ」なんて思ったり。ところで、今回のテーマはけっこう専門性が高くて難しく、四苦八苦しながらの意見陳述でした。それにくらべると、さすが大御所のK先生は15分でまとめる話がうまい。S教授も関西弁で味のある発言。ひるがえって、拙者・かなり「かんで」ましたから・・・。修行が足りないなあ。でも、とても勉強になりました(^-^)。

 

PS:ちなみに「今度、参考人招致なんだよ」と家族に話したら、「お前、こんどは何か悪いことしたんかい」との反応。どうもやっぱり響きがよくないようで・・・

 

PS2:尼崎脱線事故の大変痛ましい惨状に言葉もありません。犠牲者の方々にお悔やみ申し上げます。

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かんべえ氏&山本一太氏来訪 | つなぎの投稿 2005/04/22 00:52
http://myhome.cururu.jp/kenboy3/blog/article/80001724241

最近、1週間に1度の「つなぎの投稿」をしています。毎日訪問してくれている方々、サボリ気味ですんません。

 

さて、今日は我がSFCかんべえ氏が訪問してくれました。kenboy3とK学部長の合同ゼミの外部講師として、丁重にご招待です。といっても、知識・マネー・人脈の集約された都心から、そうした緊張感からは無縁の、波風薫る湘南くんだりまで来ていただいて、本当に恐縮です。辻堂駅から愛車をかっとばし、ドライブがてら少しキャンパスを案内しました。「いやー、これは西海岸ですなあ」と、すっかりリラックスしていただいた様子。

 

さて、かんべえ氏の講義は「経済力から見た東アジア秩序」。「東アジア研究にビジネスの視点を」という切り口で、なかなか聞かせるではないか。普段は少人数の研究会で、少人数だからこそわかるきわどいジョークで話し合う対話スタイルだったので気付かなかったのですが、こうして学生を前にしたかんべえ氏は、まことに絵になっている。「反日デモに関して、何人かの専門家の分析には頭にきておりまして・・・」と興奮すると立ち上がり、アジアの貿易統計などを説明するときには落ち着きをもって座り、そして学生を知的に刺激する結論でまた立ち上がる。これは・・・、落語作法ですねん。学生はうっとり聞きほれてました。学生の質問も途絶えることがなく、これに実に上手く答えていくかんべえ氏。初回の講師として、大正解でした。またよろしくお願いします。(↑熱弁をふるうかんべえ氏)

 

さてさて、今日は豪華な外部講師陣。お次の第5限は山本一太参議院議員の登場です。といっても、当の山本先生、第4限のかんべえ氏の講義にまぎれこんで質問などをしておりました。相変わらずお茶目ですね。

 

わたくし以前、一太議員より「かいかくの詩」をプレゼントされまして、けっこうイントロのベースラインが気に入っており聴き込んでいました。そのCDを学生に見せながら、「実は山本先生はその筋では知る人ぞ知るシンガーソングライターなんです」と紹介したところ、期待に応えて一太議員は冒頭その話を20分くらいしてくれました。戦後史の中の外交と政治的リーダシップの話、日米首脳会談での逸話、日韓議員交流の話、「竹島問題」に揺れた際に、親しく付き合ってきた韓国若手議員たちとの信頼と失望の経験・・・など、相変わらず面白い。彼の独特の口調とジョークとで盛りだくさんの内容でした。きょうは、同じ世代のまったく系統の違う二人の話を聞けて、学生たちもフルコースでお腹いっぱいだなあ。ていうか、一太議員の森総理の物真似、ヤバイほど似すぎだ(^-^;)。

 

一太議員には湘南台駅周辺の居酒屋でのコンパにも付き合ってもらいました。学生たちも、近い距離感でお話ができて、貴重な経験だったと思います。ありがとうございました。

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