ワタシの仕事 http://myhome.cururu.jp/livelovelaugh/blog/article/91001249025
のところでちょこっと紹介したけれど
子どもと 絵本・物語と 異文化と関わる仕事をしています
そこでもあつかっている絵本に
『かいじゅうたちの いるところ』
モーリス・センダック作 じんぐうてるお訳 冨山房
が あります
そう、いま「大ヒット!」と言われている映画の原作です
絵本はとっても短くて
子どもたちに読んでも きっと7分で終わってしまうくらい・・
それをどうやって2時間近くにひろげるんだろう??
と、興味津津でした
そこで 先週の月曜日、仕事仲間のDさんと一緒に観に行ってきました
まずビックリしたのは、字幕版は一日2回くらい
しかも夕方から夜しかやっていないところが多いんです
やっぱりみんな「こども店長」の声で、こどもと一緒に観たいんだな~
私たちは 間を縫って字幕で観ました

で、どうだったか というと。
私とDさんはちょっと残念な感想をもちました・・
予告篇でも感じていたけれど、
主人公のマックスはお姉さんにもお母さんにも
もっと自分をみてほしいのにみてもらえず さみしい想いをしているこども
オオカミのぬいぐるみを着て暴れるのも
お母さんへの自己主張として描かれていました
かいじゅうたちのいるところでは
かいじゅうたちのおうさまになって 一緒に大暴れするけれど
そこでの人間関係(かいじゅう関係?)にも悩みます
家に帰ろうとするときには
「ぼくはおうさまではない」というマックスのことばに
なんとなく
ウソをついてしまった・・というマックスの後ろめたさを 感じてしまいました

絵本の『かいじゅうたちのいるところ』を思いっきり楽しんでいた私にとって
マックスの家での大暴れも、かいじゅうとの大暴れも
もっともっとスカッとしたお遊びのイメージ
お話の流れも雰囲気もいわゆる
[いきてかえりしものがたり] で
『めっきらもっきら どおんどん』http://myhome.cururu.jp/livelovelaugh/blog/article/91002122999
とか
『ピーター・パン』
http://myhome.cururu.jp/livelovelaugh/blog/article/91001170741
なんかと同じように
現実世界から 空想世界に行って 思いっきり楽しんで
そして お母さんや自分の家を想いだして 帰ってくる
「あ~ たのしかったぁ~
」 絵本だと 思っていたのです
おうさまになったマックスは
本当にどんなことでも解決できる 魔法のチカラをもっている!
どんなに恐いかいじゅうだって
マックスのかいじゅうならしの魔法におびえ おとなしくなってしまうのだから
そんなにすごい王さまでも、かいじゅうたちを寝かしてしまうと
やっぱり大好きなお母さんを思い出して
おうさまを 「やめる」 ことにしたはずなんです
(確かに英語では gave up っていってるけどね・・)
映画はなんだか とっても悲しくて、悲しくて
マックスにも、かいじゅうたちにも
ハッピーエンドではなかったような気がしています 
ほかの友人Uさんはコレをみて、そこまで思っていなかったようで
いろんな見方があるんだな~
と 当たり前のことを思ったりもしたけれど
私はこの映画 「おとなの映画」だな~って思いました
(そこは Uさんも同じ意見だったな)

高校生の娘が友達とこの映画を観にいくと
楽しみにしているけれど
「絵本は絵本、映画は映画で 別物よ
」
と話しました
「そりゃそうじゃん」
とサラリと返してきた娘は どんな感想を持って帰ってくるのか
ちょっとドキドキしています