これまでは主に3次元空間(3-dimensional space)内の2次元曲面(2-dimensional surface)の幾何学(geometry)について論じてきましたが,ここからは一般のn次元空間(n-dimensional space)内の多様体(manifold)などの話について述べることから始めます。さし当っての目的は接続(connection)やリーマン曲率(Riemannian curvature)などのより詳細な幾何学的意味を理解するためです。
まず,体(field)Kの上の2つの抽象的なベクトル空間(vector space:線型空間;linear space)V,Wが与えられ,VからWへの写像(mapping)fが∀v1,v2∈V,∀a1,a2∈Kに対してf(a1v1+a2v2)=a1f(v1)+a2f(v2)∈Wを満たすとき,fを線型写像(linear mapping)と呼びます。
Vの元(element)をベクトル(vector),Kの元をスカラー(scalar)と呼ぶことにします。線型写像はベクトルの和(sum)とスカラー倍(multiple)という演算を保つ準同型写像(homomrphism)を意味しています。特にWがKである場合つまりfがV→Kの線型写像ならfを線型関数(linear function)と呼びます。また,W=Vならf:V→Vの線型写像fを線型変換(linear transformation)と呼びます。
Imf≡f(V)≡{f(v)|v∈V}をVの写像fによる像(image)と呼びます。もちろん,f(V)⊂Wです。また,Kerf≡{v∈V|f(v)=0 }を写像fの核(kernel)と呼びます。fが線型写像ならf(0)=0 により,Kerf≠φです。VとWの間に同型写像(全単射(bijection=injection,かつsurjection)の準同型写像)が1つでも存在するとき,VとWは同型(isomorphic)であると言いV~Wと書くことにします。
特に線型写像fの場合,これが同型写像(isomorphism)であることは,Kerf={0}なることと同値(equivalent)です
ベクトル空間の1次独立(linearly independent)な元の最大個数は各ベクトル空間に固有であり,これを次元(dimension)と呼び,Vの次元,Wの次元をそれぞれdimV,dimWと書きます。VとWが同型:V~Wならもちろん,dimV=dimWです。逆に任意のn次元ベクトル空間は全て線型空間としては同型,つまりdimV=dimWならV~Wなので,特に体Kのn次元数ベクトル空間:Knと同型です。特にK=R(実数体:real field)ならKn=Rnはn次元ユークリッド空間(Euclidian space)です。
dimV=nの場合,V~KnなのでVをKnと同一視(identify)することにします。一方f: Kn→Knの線型変換はn次の正方行列(square matrix)と同型対応しますが,この変換行列の全体はLie群(Lie group)を作ります。この行列群は一般線型変換群(general linear transformation group)と呼ばれGL(n,K)と書かれるのが慣例です。
そこで,もしもV~W~KnならV→Wの線型写像fもをGL(n,K)の元と同型対応するのでfをそのGL(n,K)の元の変換行列と同一視します。以下では特に,V~KnでVがK上のn次元ベクトル空間である場合,VをV(n,K)と書くことがあります。
線型代数学(linear algebra)において,"線型空間V,Wがあるとき,V→Wの任意の線型写像fに対してdimV=dim(Kerf)+dim(Imf)が成立する。"という定理があります。先に述べた,"fが同型写像であることはKerf={0}と同値である。"という命題(proposition)はこの定理の特別な場合に相当しています。
さて,f:V→Kをベクトル空間V=V(n,K)上の線型関数とします。{ei}i=1,2,..,nをVの基底(basis)とし,v≡v1e1+v2e2+..+vnen∈Vを適当に選びます。このときf(v) =v1f(e1)+v2f(e2)+..+vnf(en)です。そこで{f(ei)}i=1,2,..,nが決まれば関数fは完全に決まることになります。
そしてV上の2つの任意の線型関数f1,f2に対し,∀a1,a2∈Kについて,{a1f1+a2f2}(v)≡a1f1(v)+a2f2(v)によって関数a1f1+a2f2を定義すれば,a1f1+a2f2もまたV上の線形関数なのでV上の線型関数全体も再び線型空間になります。この線型空間をV=V(n,K)の双対ベクトル空間(dual vector space)といい,V*(n,K),あるいは単にV*と表わします。
先に述べたようにf:V→Kはn個のKの元の組(f(e1),f(e2),..,f(en))で完全に決まり,これらの値が1つでも欠けるとfは決まりませんが,このn個のスカラー=数を並べた組は正にn次元数ベクトル(number-vector)の形をしています。それゆえ,線型関数fとKnの元が完全に1対1に対応(correspond in one-to-one)することになりますから,V*とKnは同型です。よってV*の次元もnです。すなわちdimV*=dimVですね。
そしてe*k(ei)=δik (i=1,2,..,n)のn個の値で定義されるn個の線型関数e*k (k=1,2,..,n)の組を双対基底(dual basis)と呼ぶことにします。このとき明らかに任意の線型関数fはf=Σkfke*kと展開されます。そこで∀v∈Vに対し,f(v)=Σkfke*k(v)=Σk,ifkvie*k(ei)=Σkfkvkとなります。右辺はf∈V*の成分(f1,f2,..,fn)とv∈Vの成分(v1,v2,..,vn)の内積(inner product)の形になっています。そこでf(v)をV*×V→Kの内積として(f,v)と書くこともあります。
f:V→Wとg:W→Kがあるとき,合成写像(composite mapping):g・fをhと書いてh(v)≡g(f(v));v∈Vと定義することにより,h∈V*が得られます。これをg∈W*が与えられたときf:V→Wが写像h∈V*を誘導(induce)したと見ます。このg→hなる対応をf*としてh=f*(g)とすると,誘導写像(induced mapping)と呼ばれる写像f*:W*→V*が得られます。そしてh=f*(g)をf*によるgの引き戻し(pull-back)と言います。
以下ではKを実数体Rとして考察します。
さて,V=V(m,R)を基底{ei}i=1,2,..,mを持つベクトル空間,V*をその双対空間とします。このときdimV*=dimVなのでVとV*の間には同型写像g:V→V*が存在します。先に述べたようにgはGL(m,R)の任意の元と同一視できますから,gの行列としての成分表示(component representation)が存在します。
すなわち,同型写像g:V→V*はg:vj→Σkgjkvk,すなわちgej=Σkgkje*k,あるいはv=Σjvjej∈Vに対しgv=Σk,jgkjvje*k∈V*と表現できます。
そこで,Vの任意の2つのベクトルv1とv2の内積をg(v1,v2)と書き,同型写像g:V→V*を用いてg(v1,v2)≡Σk,jv1kgkjv2j=t(gv1)v2=tv1tgv2と定義します。さらに,g(v2,v1)=g(v1,v2)であるようにgの行列(gij)はgji=gijなる対称行列(symmetric matrix):tg=gで,しかも常にg(v,v)≧0,すなわち行列g=(gij)は正値(positive-definite)であるとします。これによって非負(non-negative)のvのノルム(norm)を,g(v,v)の正の平方根(square-root)として定義できます。
gji=gij(tg=g)なのでg(v1,v2)=Σk,jv1kgkjv2j=t(gv1)v2=tv1tgv2はg(v1,v2)=Σk,jv1kgjkv2j=tv1gv2と書いても同じです。ただしtv1,tgの上添字(upper index)tはそれぞれ行列v1,gの転置行列(transport)を示しています。
次に,上と同じくg:V→V*がV=V(m,R)からV*への同型写像であるとき,W=W(m,R)を基底{eWα}α=1,2,..,mを持つm次元ベクトル空間とし,G:W→W*をWからW*への同型写像とします。そして,線型写像f:V→Wが与えられたとき,∀v∈V,∀w∈Wに対してG(w,fv)=g(v,f~w)を満たす写像f~:W→Vをが存在すれば,これをf:V→Wの随伴(adjoint)と呼びます。
G(w,fv)=g(v,f~w)は成分表示ではΣα,β,kwαGαβfβkvk=Σk,j,αvkgkjf~jαwαとなります。ここに(fβj),(f~jα)はそれぞれ写像f,f~の行列成分表示です。この等式から随伴の条件としてGαβfβk=gkjf~jα,あるいはG,f,g,f~を行列としてtftG=gf~,つまりf~=g-1 tftGが得られます。
ここでg,Gは同型写像ゆえ,detg≠0,かつdetG≠0なので条件f~=g-1 tftGから,rankf=rankf~であることが結論されます。そしてrankf=dim(Imf)ですから,このことはdim(Imf)=dim(Imf~)なることを意味します。
なお,Kが実数体Rではなくて複素数体(complex field)Cのときには,v1,v2∈V=V(n,C)に対する内積はg:V=V*を同型写像としてg(v1,v2)≡Σk,jv1k*gkjv2jで定義されます。ただし,v1k*は複素数v1kの複素共役(complex conjugate)です。
そしてfの随伴f~はG(w,fv)*=g(v,f~w)で定義され,随伴であるための条件はf~=g-1f+G+となります。ただし,f+はfのエルミート共役(Hermitian conjugate)であり,行列の意味でf+≡tf*なることを意味します。また,dim(Imf) =dim(Imf~)が成立することはKがRの場合と同じです。
したがって,V,Wが体K上の有限次元ベクトル空間でf:V→Wが線型写像であるとすると,dimV=dim(Kerf)+dim(Imf),かつdimW=dim(Kerf~)+dim(Imf~)なので,f~がfの随伴でdim(Imf)=dim(Imf~)なることは,dim(Kerf)-dim(Kerf~)=dimV-dimWが成立することを意味します。右辺の差dimV-dimWは写像fの選択には無関係です。
もしも,fが微分作用素(differential operator)D^である場合,D^の随伴はD^+と書かれ,左辺のdim(Kerf)-dim(Kerf~)はdim(KerD^)-dim(KerD^+)と表現されますが,これを微分作用素D^の解析的指数(analytic index)と言います。したがって,dim(Kerf)-dim(Kerf~)=dimV-dimWなる等式は後に述べる指数定理(index theorem)のミニチュア版(miniature edition)となっています。
今日はここで終わります。
参考文献:中原幹夫 著「理論物理学のための幾何学とトポロジー」(ピアソン・エデュケーション)